第104話 送ってあげる

 僕は楽しそうに笑うドロリスさんを見て、困ってしまった。だって……。


「なんでもするとは約束出来ないです」

「どうして?」

「だって、もしドロリスさんの願いが僕に叶えられないものだったら、僕はドロリスさんとの約束をやぶる事になりますよね?」


 僕がそう答えると、ドロリスさんは「そうね」と小さく頷く。


「じゃあ、どうするの? あきらめる?」


 ドロリスさんはそう言うと、笑うのをやめて僕を見た。


「あきらめて帰るの?」

「いえ、あきらめません」

「じゃあ、なんでもするの?」


 ドロリスさんは覗き込むみたいに僕を見た。


 そうだよね、僕に選択肢はない。今は解熱の薬で少し落ち着いているとは言え、オークの子供達は苦しんでいる。


 治せるかもしれない疫病の薬を作るには、ドロリスさんの蜜が必要だし、蜜が欲しいならドロリスさんの願いを先に叶えるしかない。

 

 僕がそんな風に思ってギュッと眉間にシワを寄せたら、ドロリスさんが頭を掻いて「フフッ」と笑った。


「ちょっと私が意地悪だったわね。先に私の願いを言ってあげる。叶えてくれれば、蜜をあげるし、叶えてくれないならあげない」


 ドロリスさんが「それで、いいわね?」と聞いたので、僕はそれに「はい」と答えた。


「いいわ。じゃあ、ポールをここに連れてきて」

「ポールさんですか?」


 僕がそう聞くとドロリスさんは「そうよ」と頷く。


「100年前に私から蜜を受け取った男の子」


 ドロリスさんがそう続けたので、僕は「えっ?」と聞き直した。


「ポールが約束をやぶった理由を知りたいの、連れて来て」

「でも、人族はそんなに長く生きられません」

「そんな事、私は知らないわ」


 ドロリスさんはそう言って首を振る。


「当時、ポールはタウロの街に住んでいたわ。行って探して」

「だけど……」


 僕がそう言い淀むと、ドロリスさんは「いいわよ」と頷く。


「行くも、行かないも、アルフレッドの勝手にしたら? どちらにしても、私の願いを叶えてくれないなら蜜は分けてあげない」


 そう言ったドロリスさんは「探して」と続けて、真っ直ぐに僕を見た。その瞳は少し揺れている。


「わかりました。行ってきます」

「いいわ、私はここで待ってる」


 僕が「はい」と頷くとドロリスさんも頷いた。


 その後で、ドロリスさんが「ちょっと待って」と言ってから、口の中で何か唱える。


 すると地面から次々に蔓が伸びて、それが絡まり合いながら大きな幹を作り、さらにその先に大きな蕾をつけた。


 なんか、すごく大きいから少し怖いね。


 なんだろうかと僕がそれを見上げているとドロリスさんが「送ってあげるわ」と言った。


「えっ?」

「走って行くのは時間がかかるでしょ?」


 ドロリスさんがそう聞くので、僕は「はい」と頷く。


 確かに今は少しでも早く行って帰って来たい。


「私の魔法ならすぐよ」

「本当ですか?」


 僕がそう聞くとドロリスさんは「本当よ」とニヤリと笑って、自分の蔓を僕の体に巻きつけるとつぼみの前に持ち上げた。


 そして、僕はパクッと蕾に食べられるように、その中に入った。


 えっと?


 戸惑っていると、外から少しくぐもったドロリスさんの声が聞こえる。


「今からタウロの街の近くに飛ばしてあげるから、上手く魔力をまとって着地して、ちゃんと開けた場所に飛ばしてあげるからね」

「あの、飛ばすってなんですか?」


 僕が大きな声で聞き返すと「やれば、わかるわ」と返事が返って来たので「わかりました」と返す。


 すると、蕾が激しく屈伸運動で揺れた後で、グゥッと縮こまってから「ポン!」と僕を吐き出した。


 えっ? 


 文字通り空に吐き出されて飛ばされた僕は「ギァァァァァァ」と奇声を上げながらビューと顔から飛んでいく。


 もちろん風圧で顔が痛いので、全身に魔力をまとった。それでとりあえず痛みは無くなったが、景色がビュンビュンと流れて行く事に対応出来ない。


 いや、視界は追いついている。だけど、全く理解が追いついていない。


 眼下には、勢いよく流れている緑が広がっているのだから、僕は確かに空を飛んでいるんだろうけど、初体験のせいか、思ったような感動がない。


 いや、飛んでいるというより、飛ばされているせいかもね。


 でもさ、これだけの勢いで飛んでいるなら、すぐにタウロの街についちゃうんじゃないの?


 僕がそんな風に思っていたら、高度が少しずつ下がって、予想通りに地面が近づいてきた。


 えっと、これはどうやって着地するの?

 

 すぐに僕は青くなりながら足掻いて、なんとか体勢を立て直して足で着地しようとしたけど、そんなのは無理。


 結局は体を引き上げる事も出来ずに、とりあえず体を少し捻りながら縮こまって、頭だけを両手で守りながら、肩から地面に落ちた。


 落ちた僕は地面に数回バウンドして、それから埃を上げて地面を少し削る。さらに何本かの木を薙ぎ倒して、なんとか止まった。


「いててて」


 いや、ありがたいけどさ。飛ばすなら飛ばすで、事前に説明が欲しかったね。死ぬかと思ったよ。


 僕は立ち上がると服についた埃を叩いて落とす。


 胴当てとマジックバックの方は流石の丈夫さで、小さな傷がついただけだけど、アラネアさんが作ってくれた服は衝撃で肩のあたりが小さくやぶれてしまった。


 いくら丈夫でも肩から落ちたし、今のは無理だよね?


 今度直してもらおうと考えながら埃を叩き終わった僕が歩き出す。向かう先にすぐに光が見えて、あっという間に森を抜けた。


 視界の先には広大な土地がきちんと区画分けされて、種類の違う青い緑が連なるように広がっている。さらに。その奥に少し古ぼけた街壁が見えた。


 あれがタウロの街か。本当に畑が広がっているんだね。


 僕はキョロキョロとそれらを見ながら畑の脇の土の農道を進んだけど、日がまだ高いのに農作業をしている人がいない事に気がついた。


 うん? トールズ達ならまだまだやっている時間帯だよね?


 それに、例えば今日の分の作業が終わっているのだとしても、これだけの広さなのに1人も人がいないのはやっぱり不自然だ。


 変な違和感を感じだが、僕はとりあえず農道を歩いてタウロの街に向かう事にした。


 ここで考えてもわからないもんね。

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