第101話 疫病の影
僕とアラニャが農作業の手を止めて、慌てて倒れたオークの男の子に駆け寄る。
子供達に囲まれて、覗き込まれていた男の子は横になったままで眉間に少しシワを寄せていた。その呼吸はハアハアと乱れている。
僕がしゃがみこんで「大丈夫?」と聞くと「うん、お兄ちゃん」と男の子はこちらを少し見て頷いた。
だけど、眉間にうっすらとシワを入れて目を閉じる。その顔色は芳しくない。額にもじんわりと汗が見えた。
「どこかおかしいの?」
「うん、なんか身体がおかしい」
男の子が目をつぶりながらそう言うので、僕とアラニャは顔を見合わせた。
そこで走ってきたコタロウが「アル兄ちゃん、離れて」と言ったが、僕は「嫌だよ」と首を振る。
「疫病かもしれないだろ?」
コタロウはそう言うと僕の肩を掴んで後ろに下がらせようとするので、僕はその手を掴んだ。
「なんで? オークさん達は大丈夫なんじゃないの?」
「わからないけど、病気をしないオークの子供が病気するなんて他に考えられないだろ?」
僕とコタロウがそんなやり取りをしている間に、オランドさんが来た。
「コタロウさんの言う通りです。アル様もコタロウさんもアラニャさんも離れてください。オグデンは俺が運びますので」
「でも……」
「アル様達に何かあったからでは遅いですし、早くオグデンを運んでやりたいので、お願いします」
オランドさんがそう言うので、僕らは頷いて仕方なくオグデンから離れた。
オランドさんは頷くと僕らの間を通り、オグデンに近寄ってしゃがみ込むと、その様子を確認した後で、丁寧に抱き上げた。
「我らの家に連れて行きます。誰も近づかないように」
オランドさんが周りにいたみんなにそう言って、オグデンを抱えて家に歩いて行ったので、僕らはその背中を見送った。
一緒に隣でオランドさんを見送っていたコタロウが「アル兄ちゃん、本貸して」と言うので、僕は頷いて腰のマジックバックから本を取り出す。
たぶん、あの歴史の本だよね?
僕が王国の歴史が書かれた本をコタロウに渡すとコタロウは「ありがとう」と受け取って、パラパラとページをめくった。
コタロウが本に集中し始めたので、僕はアラニャを見た。
「アラニャは、オークさん達にしばらくビックラットの肉は食べないように言ってくれる?」
僕がそう言うとアラニャは「はい」と頷いてオークさん達のところに走って行った。
あとは……。
そんな風に思いながら見渡していると、ダインさんと目があった。なので、僕はダインさんに駆け寄る。
「ダインさん達は1度ルタウの街に戻りますか?」
「いや、もちろん俺達もここに残るが、知り合いの医術師を連れてくるか?」
「えっ?」
「疫病でも、そうじゃなくても治療は必要だろ?」
ダインさんが首を傾げるので、僕は苦笑いをした。
「それはそうですけど、疫病の出た村に来てくれますか?」
「あぁ、それは心配ねぇ、アル様に借りのある奴だから問題ない。引きずってでも連れてくる」
ダインさんがそう言って笑うので僕は首を振った。
「無理強いはしないでください」
僕がそう言うとダインさんは「わかった」と頷いた。
トールズ達は残って農作業を続けてくれるそうだ。本当なら1度自分達の村に戻って欲しかったのだが、トールズ達はどうしても残りたいと言って聞かず、首を縦には振ってくれなかった。
ダインさんが村を出て行った後で、ブランが戻ってきたので事情を説明した。
ブランはすぐに理解して、足りなくなる肉の分を狩りに出かけると言い出した。確かにビックラットの肉を食べられないとしたら、もしかしたらオークさん達の食事が足りなくなるかもしれない。
ファングディアか、ホーンボアをある程度、狩って来た方がいいね。
ここの指揮はコタロウとオランドさんに任せれば問題ないし、補助のアラニャもいる。なので、カルラが戻ってきたら、すぐにお爺様への報告に飛んでもらう事にして、僕はブランと一緒に狩に出る事にした。
ある程度の数の肉が必要だろうし、こんな時は慣れた事を何かしていた方が気持ちが落ち着く。
オグデンが助かるのか? 正直不安でいっぱいだもんね。
そんな風に思いながら狩りの準備をしていたら、オドリーさんが来た。
「どうですか?」
そう聞いた僕にオドリーさんは頷く。ベットに寝かされたオグデンの様子は、頭痛を伴う発熱。それから首が腫れているそうだ。
「疫病かもしれません。ですから、アル様達は他所に移られた方が良いとオランドが言っております」
「悪いけど、それは嫌だよ」
僕はそこで1度間をとって続けた。
「例えばみんな倒れたらどうするの?」
「でも、アル様達に迷惑は……」
オドリーさんがそう言って言い淀む。
「迷惑なんかじゃないよ。もう僕はオドリーさん達の主人でしょ? 僕がみんなを守るから」
「アル様……」
涙ぐむ、オドリーさんの手を取る。
「大丈夫だから、きっと乗り越えられる。100年以上前の人達は疫病を乗り越えたよ」
僕が微笑んで頷くと、オドリーさんは「わかりました」と笑った。
後の事はコタロウとアラニャ、オランドさんに任せて、僕とブランは狩りに出る。
かなりの量を取ってこないといけないけど、逆に言えば、原因はわかっているんだ。ビックラットの肉を食べなければとりあえず大丈夫なんだから頑張って狩って来よう。
でも、そんな僕の考えは甘かった。これは始まりでしかなかった。
それから数日、僕がオランドさんの村に戻るまでにオークの子供達は全員倒れた。
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