第97話 オーク
森の中から現れたオーク達で少し開けたその場所が埋め尽くされると、圧の強いその人集りから1人が前に出た。
「俺はこのオークの群れのリーダーでオランド。恥ずかしながら、そちらのお肉を少し分けてもらえないだろうか? お腹を空かせた子供達の分だけでいい」
僕が「えっと……」と困っていると、コタロウが「悪いんだけど、この肉はあげられないよ」と答えた。
「そこをなんとか頼めないだろうか? このままでは……」
「うん、あげたいのは山々なんだけどさ、これを食べちゃうと病気になっちゃうんだ」
僕に代わってコタロウがそう言ってくれたのだが、オランドさんは首を傾げた。
「そうなのか? 俺達は普通に食べられるのだが」
「「えっ?」」
オランドさんの言葉に僕とコタロウが驚いていると、カルラが「なるほどっすね」と言った。
「オークは別名『スカベンジャー』森の掃除屋って呼ばれているっす、なんでも食べられるし、病気や毒にも恐ろしいほどに強い。魔力は低いけど、生命力がすごく高いっす」
カルラがそう言うので、僕はそれに頷いて、オランドさんを見た。
「食べても病気にならないなら全てあげますよ」
「いいのか?」
オランドさんの問いかけに僕が「いいですよ。僕達は食べられませんから」と頷くと、オークさん達から安堵の声が上がった。相当お腹が空いているらしい。小さな子供を抱えた女性達は泣いているみたいだ。
安心したんだね。
なので、さっそくビックラットの肉を火から取り出した。だけどもちろん、そのまま火に突っ込んだのだから、もう焦げている。
まあ、仕方ないけどね。
僕が残念な事になったお肉を見ていると、オランドさんが近づいて来た。
「すみません。もう焦げてしまいましたが、これでも大丈夫ですか?」
「あぁ、構わない。ありがとう」
僕から受け取ったオランドさんが焦げを少し払って子供達にあげると子供達は嬉しそうに食べ始めたので、僕達は内側にあった生焼けの肉を再度焼いて、オランドさんに渡していく。
だけど、明らかに足りないね。
ビックラットの肉はかなりの量だけど、相当お腹が減っていたのだろう。みるみる減っていくから、正直、優先されている子供達と女性陣だけでなくなりそうだ。
僕は焼き直しをコタロウとカルラに任せて、少し離れてオークさん達を見ていたブランとアラニャのところに来た。
「あのさ、アラニャとブランのマジックバックに入っている分の食材を全部あげてもいい?」
「アル様、聞かれるまでもないですよ。私も食べる物がない辛さは知ってますから」
「アル、愚問」
僕はそう言いながらマジックバックを渡してくれる2人に「ありがとう」と言って受け取ると、オランドさんのところに戻る。
「すみません、この中にも食材が入っているので、足しにしてください。調理はオランドさん達に任せますので」
「うん? いいのか?」
オランドさんが僕を見て首を傾げるので、僕は笑って「いいですよ」と頷く。オランドさんは「すまない、助かる」と頭を下げて受け取って、それを側に付き添っていたオークの女性に渡す。
「オドリー、この中に食材が入っているそうだ。女性達で調理を頼む」
「わかったわ」
オドリーさんは頷くと僕らを見て「本当にありがとうございます」と頭を下げてから調理をする為に女性達のところに向かった。
「皆さんはどちらから来たのですか?」
「あぁ、帝国領から逃げて来たんだ」
オランドさんはそう言うと眉間にシワを寄せた。
「そうですか、寝る場所はありますか?」
僕の問いかけにオランドさんが渋い顔になると、カルラが「いく当てはあるっすか?」と聞いた。オランドさんは俯いて首を横に振る。
なるほど。
僕は周囲を見る。この数となると受け入れる側も相当な覚悟が必要だ。そこであの闇落ちしたレイブンの言葉を思い出した。『そうやって後先考えずに一時だけ助けて、後で見捨てるつもりなのか?』
確かにね。
「とりあえず、ここに村を作りましょう。この辺りにはビックラットがまだまだたくさんいますから、食料には困らないですよね?」
僕がそう聞いたけど、オランドさんは首を振った。
「我らは鈍足ゆえ、逃げられて奴らに追いつけない」
「そうですか」
確かにビックラットはすぐに逃げる。足の遅いオークさん達が捕まえるのは大変だね。だからと言って、僕達がいつまでも獲って来てあげるわけにもいかないもんね。
僕が「うーむ」と悩んでいると、察したアラニャが近づいて来た。
「アル様、罠猟を教えたらいかがですか?」
「アラニャ、罠猟って何?」
「あらかじめ罠を仕掛けをしておいて、そこにハマった魔獣を狩るのです」
アラニャがそう言うとコタロウが「なるほど、そうだね」と頷いたけど、僕は首を傾げた。
アラニャは指先から糸を出して「糸を張っておいてそこに絡め取られた獲物を狩るのと一緒ですよ」と言って「フフフッ」と笑った。
うん、わかったと思うけど、なんか怖いよ。それ?
「罠はかなりの数必要になるっすけど、シュテンさんの村で用意してもらえば問題ないっすね」
カルラがそう言うとコタロウが「問題なのは」と頭を掻いた。
「正直、この数のオークが食べるとなると、ビックラットがどこまで持つかと言う事だね」
「そうっすね。ビックラットの繁殖力も半端ないっすけど、オークの繁殖力も負けてないっす」
カルラがそう言うとアラニャがオークさん達を見て「今の数は賄えても、増えたらわからないって事ですね」と頷く。
「すまない」
オランドさんが頭を下げるので、アラニャは慌てて「気にしないでください。大丈夫です」と微笑んだ。
「本当に大丈夫なのだろうか? やはり我らは生態系を壊す存在なのではないか?」
オランドさんは俯くと、ギュッと歯を食いしばった。僕はオランドさんを見ながら「帝国で言われたのですか?」と聞いた。
「あぁ、そうだ。我らは生態系を壊す存在だと、小さい頃から言われ続けて来た。だから人族に従い、食事を供給してもらう代わりに、兵隊として従事する。それが当たり前なのだと言われ続けて来た」
僕はそれを聞いて首を傾げた。
「おかしいか? おかしいよな。それがわかっていながら我らは逃げて来たのだ。周りの迷惑も考えずに」
「違いますよ」
僕がそう言うとオランドさんは「えっ?」と驚いた。
「違います、逃げていいと思います。辛いなら逃げていいんです」
「しかし、山脈を越えるために弱い者達は死んでいった。今も食べる物すら見つけられずに皆を苦しめている。そして、きっと我らがここに住み着けば、この辺りの生態系を壊す。俺は……」
オランドさんが言い淀むとカルラは頷く。
「わかるっすよ。迷ってばかりっすよね。だけど、リーダーなら後悔したらダメっす。何が正しいかなんて誰にもわからないっす。だからこそ、自分が選んだ道に責任を持たなきゃダメっすよ」
オランドさんは「そうだな」と頷いて、嬉しそうに肉を食べているオークの子供達を見た。
「あの子らもお腹が空いていただろうに、ずっと不平も言わず我慢していた。久しぶり見たよ。あんな嬉しそうな顔は……」
オランドさんはギュッと眉間にシワを寄せる。
「ここに、オークさん達がもう我慢しないで笑って暮らせる村を作りましょう」
「出来るだろうか?」
「出来ますよ。僕達も手伝います」
僕が笑って頷くと、オランドさんは涙ぐんで、それからそれを乱暴に拭った。
「すまない。よろしく頼む」
オランドさんが笑いながら頷くと、調理を始めようとしていたオドリーさんが「きゃぁ」と悲鳴を上げて腰から砕け、ドスンと地面に座り込んだ。
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