第94話 信頼と根回し

 僕が頭を下げているキースさんを唖然として見ていたら、カルラが「キースさんはわかっているっすね」と笑った。それを聞いて呆然としていたエミリアさんが口を開く。


「あんた達、何言っているの? アル様は確かに伯爵の孫だけど嫡男でもないのよ。これから子爵になろうって男が伯爵にもなれないその子の従者になるって言うの?」


 そう言ったけど、カルラもキースさんも苦笑いしながらエミリアさんを見た。


「あのさ、エミリア。これは損得の問題じゃないんだ。恩を恩と思わない奴を助けたいと思うのか? って話さ。私がここでちゃんと義を示せなければ、この先、困っても誰も助けてくれなくなるだろ?」


 キースさんがそう言うとエミリアさんは「そうね」と小さくなった。俯いて口の中で何か呟いて、数回頷いてからキースさんを見る。


「でも、キース。あなた、誰に入れ知恵されたの?」

「エミリアが紹介してくれた子爵さ、アル様の話をしたら、その方への礼は欠くな、こちらの事はいい。グドウィンが難色を示すなら婚約は破棄して構わん。それでも娘が欲しければ、娘を家から出して嫁がせてもいいって言ってくれたよ」


 キースさんがそう言って恥ずかしそうに頭を掻いた。エミリアさんはキースさんを見ながら「そんな事って」とゆっくりと首を振り、それを確認したキースさんは再び僕を見た。


「よくわからないけど、僕にキースさんの主人なんて無理だよ」

「そう思っているのはアル様だけですよ。多くの魔獣がアル様を主人に選んだのは損得だけではないはずです。私は救われた。ルタウの街は救われた。だから私はあなたに恩を返す。それだけです」


 キースさんはエミリアさんを見た。


「エミリアもそうだよ。アル様に恩を返さないと、誰もエミリアを助けてくれなくなるよ」


 キースさんがそう言うとエミリアさんは「そうね」と呟いた。そして、僕を見て頭を下げて「アル様、ごめんなさい」と泣き出したので、ダインさんがエミリアさんのところまで行ってそっと抱きしめた。


「大丈夫ですよ、エミリアさん。過ぎた事はもういいんです。良くなかったと思うなら、これからルタウの街に返してください」


 僕はそう言ってから、キースさんを見る。


「キースさんは、本当にそれで良いんですね?」

「はい、このキース・マルファーソンは、アルフレッド・グドウィン様の従者として、これからもこのルタウの街の為に全力を尽くします」

 

 キースさんがそう言ってその場で膝を床につくので、みんながそれを見てから僕を見た。なので、僕はため息を吐き出して「わかりました」と渋々返事をする。


「それでキースさんが納得してルタウの街に尽くしてくれるなら、よろしくお願いします」


 僕がそう言って頭を掻くと、キースさんは顔を上げて「ありがとうございます」と笑った。


 まあ、それでルタウの街の為に尽くしてくれるならいいよね?


 僕がそう思ってキースさんを見ていたら、それまで黙って見ていたコタロウが「それで、キースさんはアル兄ちゃんに何を頼みたいの?」と首を傾げた。


 キースさんは目を見開いてコタロウを見た後で、苦笑いを浮かべた。


「時間の無駄だからさ、隠してないで早く言ってよ」


 コタロウが腕を組むとキースさんは「はい」と肩を落とした。


「出来たらアル様がメイジー達にやらせている事業を街の事業にさせて頂きたいのです」

「なるほどね」


 コタロウはそう頷いた後で、ダインさんを見た。


「これは、ダインさんの入れ知恵?」

「そうだ。あの事業を漁が出来なくて困っている漁師達にやらせたいと思う」


 そうダインさんが言うと、あの漁師夫婦も頷いた。


「ふーん、それはメイジーを秘書に、トールズとポプキンズをキースさんの側付きにするって事も含まれているの?」


 コタロウがそう言うとダインさんは「おいおい、マジかよ」と苦笑いを浮かべた。


「何故それをとか野暮な事は言わねぇ、その通りだ。奴らの能力をあそこで燻らせるのはもったいねぇし、これから貴族としてやっていくキースを守るのにあれほど打って付けの奴らはいねぇ」

「メイジーからはそれとなくダインさんより探りがあった事は報告は受けているよ。だけど……」


 コタロウは「やり方が気に入らないね」と一度首を捻った。ダインが「なっ?」と驚く。


「僕はカルラと違って優しくないから言わせてもらうけど、キースさんが従者になりたいって気持ちはどこまで本気なの? それにこれがダインさんが大事だと言った信頼を得るやり方なの?」


 コタロウがキースさんを見ると、キースさんは「本気だ。恩を返したいと思っている」と言ったけど、コタロウは首を横に振る。


「このやり方では誠意は伝わらないよ。そう思わない?」


 キースさんは「それは……」と言い淀んだ。


「すまねぇ、こっちは俺が勝手に進めて来た事だ。さっきまでの話とは別だし、キースの気持ちは関係ねぇ」


 ダインさんはそう言ったけど、コタロウは再び首を振る。


「ダインさん、アル兄ちゃんが承諾する前に言い出すべきだったね。主従の関係で既成事実を作ってからそちらのお願いを通すやり方では信頼関係は築けないと思うよ」


 コタロウの言葉にダインさんは「そうだな」と俯くと、ギュッと歯を食いしばる。


 なるほどね。


「いいよ。細かい事は」


 僕がそう言うと、みんなが「えっ?」と驚いて僕を見た。


「アル兄ちゃん?」

「コタロウ、良いんだ。みんなルタウの街の為を思っているんだろ?」


 僕が首を傾げると、コタロウは「うん、そうだけど……」と頷く。


「ならそれで良いんだ。みんなで考えて良い方に街が向かうようにしてくれれば良い。もちろん、僕に出来る事は手伝うけど、みんなで上手くやって欲しいんだよ」


 僕は笑ってブラン、コタロウ、カルラ、アラニャを見た。


「みんなの村もそうして来ただろ?」


 それに4人は頷く。


「この街の事はキースさんとエミリアさんとダインさんにお任せします。良くなるように相談しながら進めてください。メイジー達や漁師さん達の事もよろしくお願いします」


 僕がそう言って頭を下げると、3人は「すみません」と頭を下げてくれた。


 うん、みんなこの街の事を思ってくれているなら大丈夫だよね?


 ダインさんがコタロウのところに来て「すまなかった」と頭を下げると、コタロウは「アル兄ちゃんがいいならいいよ」と笑った。

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