第93話 商人と貴族

 僕らはルタウの街に着いて、キースさんの屋敷に来た。


 応接間には、小舟を貸してくれたあの漁師のおじさんと奥さんも呼ばれていて、慣れないソファーに座り固くなっているのがわかる。顔色も少し悪い。


 なんか、申し訳ないね。


 それからエミリアさんとダインさん達、コルバス商会の人達も来ていた。エミリアさんはソファーに座っていたが、もちろんこちらは慣れたもので優雅に出された紅茶を飲んでいた。


 僕も使用人のお姉さんに案内されたソファーに座って、紅茶をひと口飲む。爽やかに口の中に広がって、美味しい。


 その後で、とりあえずキースさんが来る前に、青くなって固くなっているおじさんに小舟のお礼を言って、コタロウが礼金を渡した。


 おじさんは「こんなに受け取れねぇです」と言ったけど、コタロウが「この先もサイモンさん達の事をお願いするからさ」と言い含めて無理矢理受け取ってもらった。


 これからおじさんの一族には、エミリアさん達コルバス商会とサハギンさん達との繋ぎもお願いしたからね。その礼金も含まれているのだろう。


 一緒に来ていた奥さんがコタロウの渡した布袋の中身を見てソファーにもたれかかるように身を後ろに引いた後で、その布袋はその場でおじさんがエミリアさんの使用人に渡す。


 これはとりあえずコルバス商会に預けるそうだ。


 僕は教会ではないの? と思ったが、おじさん達が大金を手に入れた事を知る人間はなるべく少ない方がいいとの事だから、その辺はエミリアさんにまかせておけば大丈夫だね。


 僕が黙ってそのやり取りを見ていたら、隣のコタロウが口を開いた。


「まあ、エミリアさん達がおじさん達を騙す事はないから大丈夫だよ。だって、おじさん達を騙したら、アル兄ちゃんの事だから今コルバス商会と行っている取引は全て引き上げるだろ?」


 コタロウが僕を見ながらそう聞いたが、僕にはよくわからないので首を傾げてコタロウを見る。そしたらコタロウが僕を見ながら小さく頷くので、僕は「そうだね」と答えた。


 これはきっと同意して欲しいって事だもんね?


 でも、僕が同意を示した瞬間に、布袋を持っていた使用人がブルブルと震え出した。


 うん? どうしたの?


「コタロウ君も人が悪いわね。そんな釘を刺さなくても、私がそんな事するわけないでしょ? だいたい、その程度のお金じゃ、全く割に合わないわよ」


 エミリアさんは優雅に微笑む。それがなんだかいつもと違うので、これが外向きのエミリアさんなのだと思った。


 今日は僕達だけではないからね。


 しばらくして「遅れて申し訳ない」とキースさんが入ってきた。


 僕がそれに「忙しいのだからわざわざ僕達の為に時間を割いてくれなくてもいいのに」と笑うと、キースさんは「そうは参りません」と言った後で深く頭を下げた。


「アル様から受けた数々の温情と支援、忘れません。私で出来る事であればどのような事でもさせて頂く所存です」


 そうキースさんが言ったところで、エミリアさんはため息をついた。


「待ちなさい。まずは貴族が簡単に頭を下げない。次に受けた温情と支援を口にしない。最後になんでもさせてもらう。馬鹿なの? そんな約束もっての外よ」


 エミリアさんはそう言う。そして、僕達を見た。


「アル様は、確かに領主様のお孫様だけど、あなたはこれから子爵になって、妻も子爵家から迎えるのよ。対等ではなくても街付きの貴族としてのプライドを持ちなさい」


 エミリアさんがニヤリと笑うと、カルラが「やっぱりわかってないんっすね」とため息を吐いた。


「イゴール様からは、とりあえずアルフレッドの望みだから今回は目を瞑ってやる。だけど、次はないからな。と言われているっす」


 カルラはガシガシと頭を掻いて立ち上がる。


「エミリア、一度だけ警告するっす。なんか勘違いしているみたいっすけど、あんたも今回の件、事前にアル様が襲われる事を知りながら、あの宿を用意して、出来たらアル様にあの馬鹿貴族を潰してもらおうとしたっすよね?」

「なんの事かしら? 知らないわよ」


 エミリアさんがそう言った瞬間に、布袋を持ってブルブルと震えていた使用人がエミリアさんに耳打ちをした。それを受けてエミリアさんの顔がミルミル青ざめる。


「コルバスさんがイゴール様に平謝りしてたっすよ。エミリアが次にグドウィン家に敵対するような真似をしたら商会の方で処分します。とまで言ってたっす」


 エミリアさんは信じられないと言う顔をしてから「フフッ」と笑う。


「何が悪いのよ。私は商人よ。商人なら利を優先するでしょ?」


 エミリアさんがそう聞くと、エミリアさんの後ろに黙って立っていたダインさんが「本気で言っているのか?」と首を傾げた。


「本気よ。あんたに商売はわからないでしょ? 黙ってて」


 エミリアさんが答えると、ダインさんは頭を掻きながら僕らの側まで来て、床に膝をついた。


「アル様、すまねぇ。根は悪い奴じゃねぇんだ。許してやってくれねぇか?」


 そう言って頭を下げるとその場にいた全員が驚いてダインさんを見た。


「何やっているの?」エミリアさんがそう聞くが、顔を上げたダインさんは全くそちらを見ないで、僕から目を離さない。


「ダインさん、大丈夫ですからやめてください」

「アル様、わかってねぇだろうが、エミリアは自分達の目先の利益の為にあんたを危険にさらしたんだ。こんなのは出来る商人のやる事じゃねぇ」


 ダインさんがそう言って涙を浮かべた。


「商売ってのは何より信頼が大事だ。俺が商会の護衛についている時にコルバスの旦那はよくそう言っていたよ」


 ダインさんはエミリアさんを見た。


「商人は利を見ろとか言う奴がいるがそれは違う。商人は利を生み出す人を見なければならねぇ。例えばその場で損をしたとしてもその相手がその先付き合うべき相手ならば、損を取りにいく。それが本物の商人だ。お前は全くわかってねぇ」

「私だって先の事を考えているわよ。だから、ルタウの街に損しかもたらさないイーハンに退場してもらったんじゃない。それに、子爵令嬢との婚約だって、キースに後ろ盾が必要だからでしょ?」


 エミリアさんは首を傾げたが、ダインさんは首を振る。


「このところお前がやっている事は間違っている。そもそも今のキースに必要なのはアル様との信頼関係を盤石にする事だ。他所の子爵の後ろ盾なんてそんなちっぽけなものはいらねぇよ」


 ダインさんが「そうだよな?」とキースさんを見るとキースさんは頷く。


「そうですね。だからアル様達が旅立たれる前に時間を作って頂いたんです」


 そして、エミリアさんを見た。


「エミリアには悪いけど、もしグドウィン家が私と子爵令嬢との婚約を望まれないのではあればすぐに破棄する」

「何言ってるの? あんたは独立した街付きの貴族であって、グドウィン家は主人ではないのよ」


 エミリアさんがそう言うと、キースさんは「そうだな」と頷いてからカルラを見た。


「カルラさん、私の主人は他の誰でもない、アルフレッド・グドウィン様だと、イゴール様にお伝えください」

「わかったっす」


 えっ? 何言ってんの?


 僕が唖然としてキースさんを見ていたら、キースさんは僕を見てニッコリ笑う。


「アル様、人族同士なので主従契約はできませんが、出来れば私も従者の1人に加えて頂きたい」


 キースさんは、そう言って立ち上がると深く頭を下げた。

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