第81話 エンライ
踊るように近づいて来たダインさんは、動きに合わせて突きや蹴りを繰り出してくる。僕はその連撃を全身に魔力をまとって1つ1つさばく。
踊るように確かに変則的だし、ダインさんの攻撃は1つ1つ重いけど、速さで言うならバッシュさんの方が速い。だから魔力を全身にまわして、よく見れば、僕も踊るようにそれを受けられる。
僕がその連撃を受け流して返しで突きを繰り出すと、ダインさんもそれを踊るようにさばきながら、嬉しいそうに「やるな」と笑う。
だけど、僕はすぐに『エンライ』の恐ろしさを味わう事になった。
ダインさんは回るように踊る。その踊りはクルクルと徐々に加速していく。『エンライ』の攻撃は、遠くから聞こえてくる雷のように、その動きに合わせて、ぐんぐんと攻撃自体が激しさを増していくんだ。
速さはみるみる加速して、繰り出される攻撃もどんどん重くなる。だから、そのうちに流せなくなり、こちらの突きも軽く弾かれて、そのうち、受けるのがやっとになった。
そして、すぐにそれも苦しくなる。腕はあちらこちらにあざが出来て、痺れて来た。避けきれなくて、体も殴られる。その一撃がものすごく重い。
くっ、これはまずいね。
バックステップで距離を取ってもすぐに詰められる。ガードもキツくなって来た。僕は「フゥー」と息を吐き出した。
このままではどうせジリ貧だね。
僕は腕にまとう魔力をさらに一段階を強めて、手で頭を守りながら、ダインさんの拳を肩で弾く。次の瞬間に真っ直ぐに間合いを詰めて、ダインさんの懐に入った。
僕がダインさんの身体に連撃を打ち込む。だけど、ダインさんはそれを軽やかなステップで身体をひねりながらさばいた。
マジか、これでもダメ?
滑らかなステップで下がり間合いを空けられそうになるのを、なんとか頭をかばいながら身体を振って、突き出される拳を肩や肘でいなし、前進して食らいつく。
そして、ダインさんの身体に両手を置いた。ダメ元でまとっている雷をダインさんに打ち込むイメージで押し込んだ。
僕がグッとダインさんの身体に手を押し込むと、ビビッとダインさんの身体が一緒揺れた後で、吹き飛んだ。
ダインさんが砂の上を転がる。グルグルと転がって、少し先で止まった。そして、倒れている。
しばらくして「殺す気か!」とダインさんは上体を起こした。
「こっちのセリフよ、あんたがバカで加減を知らないから、アル様も本気を出したんじゃない?」
ダインさんのところに行ったエミリアさんがダインさんの頭をコツンと小突く。でも、その顔は笑顔だ。
「だってよ。初見の『エンライ』をあそこまで受けられたのは初めてだ。バッシュなんてアンジェにボコボコにされてたぜ」
「あんたもでしょうが、まったく」
そして、2人は僕を見る。
「さすがはアンジェの息子ね。さっきのはアンジェが『ノズチ』と言っていた『マイ』でしょ?」
「あぁ、型はかなり違うが、やった事は一緒だろう。昔、バッシュがアンジェに『ノズチ』で、かなり吹っ飛ばされていたからな。間違いない」
「だから、あんたもね」
苦笑いのエミリアさんを見上げたダインさんは「ポーションあるか?」と聞いた。
「あんた、もしかして立てないの?」
「あぁ」
ダインさんが苦笑いしながら震える手を見せるとエミリアさんが慌ててバックからポーションを取り出してダインさんの全身にかけた。
「大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。それにしてもすごい威力だったな。アンジェがかなり加減していたのがわかった」
ダインさんはそう言って「ガハハ」と笑ったが笑い事ではない。僕は「すみません」と頭を下げた。
僕を見て微笑んだダインさんが「アル様は気にしなくていい」と言うと、エミリアさんも「そうですよ。気にしなくて大丈夫です」と笑ってくれた。
とりあえず、大事にならなくて良かったね。
「それよりもどうだ? 『エンライ』はつかめたか?」
「はい、なんとなくイメージはつかめました。何度もやってみないと、すぐには出来ないと思いますけど」
「そうか、じゃあ、アル様がルタウの街にいる間、俺がまた教えてやるよ」
ダインさんは立ち上がりながらそう言って笑うが、隣のエミリアさんが「まだやる気なのね」と肩を落とした。なので、僕は頭を下げる。
「お手柔らかにお願いします」
「お前が言うか?」
「あなたが言うの?」
そう言って2人は並んで首を傾げたが、なんか腑に落ちないね。
「アル様、すごいじゃないっすか」
とカルラはご機嫌で寄ってきて僕に抱きついたけど、コタロウはその後ろで微妙な顔をして、アラニャは隣で微笑んで、ブランはダインさんを見ながら、なんだかワクワクした顔をした。
「アル兄ちゃんが、またヤバそうな技を覚えた」
「そうですね。また強くなられましたね」
「うん、アルだけ、ズルイ」
という事で『エンライ』はみんなで習う事になった。さっそくワクワクしていたブランがダインさんと組手を始めたので、僕は遠巻きに見ていたメイジー達のところに来た。
「メイジー達は大丈夫?」
「「はい」」
全員がそう言うと頷く。
なんだか、引いている気がするけど?
「アル様のお婆様は踊り子って言ってましたよね? アル様は本当に人族なのですか?」
ポプキンズがそう言うと一緒についてきたエミリアさんが眉間にシワを寄せた。
「何が言いたいの?」
「いや、キジョって種族がさっきの『マイ』と呼ばれる技を使うと聞いたことがあったので」
ポプキンズがそう言うとその場にいた僕以外の全員が驚いたようだった。ものすごい顔で、ポプキンズを見た後で、僕を見て、それから再びポプキンズを見ていた。
キジョ? なにそれ?
「それって、アル様がカーリー様の血族って事?」
「いや、わからないけど、アル様がカーリー様の血族なのだとするなら、従者の皆さんが特別なのが頷けるだろ? 例えば、ブランさんなんてまるでバロン様だし、カルラさんだってガルーダ様みたいじゃないか?」
ポプキンズがそう言うと、トールズが続く。
「コタロウさんが、ハヌマーン様で、アラニャさんがヴリトラ様か? マジかよ」
トールズがそう言い終わると、ポプキンズが「ハハハッ」と笑いながら頭を抱えた。
「やっぱり、見間違いじゃなかったんだ」
「どうしたの? ポプキンズ?」
「メイジー、私は暗かったし、恐怖でそう見えたと思っていた。あの日、カルラさんが倒れた後で、アル様の目が真っ赤になった。あれは、カーリー様が怒った時の緋眼じゃないのか?」
「緋眼……」
メイジーがそう呟いて僕を見て、トールズもポプキンズも僕を見た。僕はそれに頷く。
「僕は怒ると目が赤くなるから、父さんには普段から怒るなと言われ続けて来ました。離れに一人で暮らし、外出は禁止。勉強や遊びの相手も数人の使用人さん達だけでした」
僕がそう言って微笑むとカルラが「アル様」と言って抱きしめてくれた。
ありがとう、泣きそうだよ。
そこで僕とカルラはブルと震えた。そして、ゾクっと寒気がする。すぐにブランとダインさんが走って来た。
「アル、何か。来る」
「うん、わかってる。逃げるのは無理かな?」
「無理、速過ぎ」
それにカルラも頷いて、僕達は王都の方角の空を見た。真っ直ぐこちらに向かってくる。かなりの大きさの魔力。
それは尋常じゃない速さでこちらに飛んで来ている。たぶんカルラでも振り切るのは無理なのだろう。僕の腕に腕を絡めたカルラは少し震えている。
「とりあえず、エミリアさん達はメイジー達を連れて、寮に避難してくれますか?」僕はエミリアさんにそう言ってからダインさんを見た。「僕達はあれと話をしてみますので、ダインさんは逃げられそうならみんなを連れて逃げて下さい」
「大丈夫か?」
ダインさんが真面目な顔で僕を見るので「わかりません」と僕は笑う。
ダインさんは「わかった」と頷いてからエミリアさん達を連れて寮まで走った。僕らはそこから離れるように湖の砂浜に出る。
そこで飛んできた何が、ものすごい勢いで僕らの目の前の砂浜に着地して、砂を巻き上げた。砂埃が収まると、一人の少女がこちらを見て「みぃーつけた」とニンマリ笑った。
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