第82話 謎の少女

 少女は自分の服についた砂をパタパタと叩いて払って、こちらを見た。


「それで? さっき『エンライ』を使ったのはどっちの子? そこの緑の髪の子? それとも後ろの水色の髪の子かな?」


 少女はカルラとアラニャを見て首を傾げた。


 僕はそれに「いえ、僕達ではないです」と答える。


「うん? あんたは?」


 少女は、僕の方に視線を移した。


「僕はアルです」

「アル……あんた、母親は?」


 僕が「えっと?」と言うと腕にしがみついていたカルラがギュッとする。


「アル様、やばい気がするっす」


 僕が「うん?」とカルラを見ると、カルラはブルブルと震えながら「答えてはダメな気がするっす」と言った。


 うん、僕もそう思うよ。だけどさ……。


「わかっていると思うけど、答えないなら全員痛めつけてしゃべらせるよ。もちろん、あっちの建物にこそこそ隠れている奴らも全員ね」


 少女は楽しそうに首を傾げたままで、ニンマリと笑う。


「まさかとは思うけど、あんたの母親ってさ、アンジェ、とか言わないわよね?」


 少女はまとう魔力が1段上がった。ピキピキと音をたてて、少女の足元の砂が凍り始めた。大気もブルブルと震える。


 これは、素直に答えないとダメだね。


「僕の母さんはアンジェです」


 少女はカッと1度目を見開いて驚いて「なるほど、道理で見つからないわけね」と呟いて、それから顔を戻して「フフフッ」と笑った。


「アンジェの奴は半分キジョのくせして男の子を産んだから死んだの? やっぱりあいつ……笑えるぐらいに馬鹿ね」


 少女は一瞬寂しそうな顔をした後で、キッとこちらを睨んだ。


「来なさい、私がちょっと遊んであげる。でも私、今すごく頭にきてるの。本気で来ないと殺すわよ」


 腕を上げて、ヒョイヒョイと手招きする。


 そこで、サッと4人が僕を守るように前に出た。


 ブラン、コタロウ、カルラ、アラニャ。


「アル、逃げる。時間稼ぐ」

「アル兄ちゃん、ここは任せてよ。あの子は僕らで相手するからさ」

「アル様、逃げて欲しいっす。あたしはアル様が無事なら他には何もいらないっす」

「アル様、お任せください」


 僕が「何言ってんの?」と言うと「すまないっす」とカルラに突き飛ばされた。ブランとコタロウが少女の方に走り出して、アラニャが素早く自分達を包むように半球型に幾重にも糸を張り巡らせた。


「馬鹿な事はやめてよ! アラニャ、開けて!」


 僕が半球型になったアラニャの糸を両手で叩くと、それはボロボロと砕けて落ちた。


「まったくよね。馬鹿な真似はよして欲しいわ」


 少女はニヤリと笑った。その側で、ブランは固まったように倒れて動かなくなっている。吹き飛ばされたのか、コタロウは離れたところに転がっていた。カルラとアラニャは分かれて、少女を睨む。


「少し進化しただけの雑魚のくせに、やるじゃない? まあ、そこの転がっている男の子は、この子が身をていしてかばったから助かっただけだけどね」


 少女はそう言いながら、固まっているブランの頭を足でチョンチョンと叩く。


「この子は惜しいわね。ちゃんと自分の属性できちんと進化をしている。だけど、あんた達はダメね」


 少女はギュッと眉間にシワを寄せた。


「さっきはとっさに素の属性で守ったみたいだけど、全然使えきれてないわ」


 少女は首を横に振る。


「主人に引っ張られて雷なんて使っているからよ」


 少女は一歩前に出た。


「どうするの? 続ける? さっきのであんた達じゃ足止めも出来ない事はわかったでしょ?」


 コタロウは身体を起こして、地面に手を置く。


「ヴァイン!」


 少女の足元から砂地から植物の蔓が幾重にも伸びて、少女を絡めとる。


 カルラは大きく手を開いた。


「ストーム!」


 少女の周りに雨を含んだ風がグルグルと渦巻いた。


「スノー!」


 アラニャの手先から小さな氷の粒が飛んで、カルラの『ストーム』の中に入って混ざり合った。雨が雪に変わる。


「なるほど、少しは使えるのね。でもさ、威力が全然弱いし、安定してないわね。ぶっつけ本番かしら? それに、私さぁ、氷属性なのよ。わかってる?! ブリザード!」


 少女がそう怒鳴ると、『ストーム』の中の雪がみるみる氷に変わって行く。そこでアラニャは「フフッ」と笑うと開いていた手を閉じて「スレッド!」と叫ぶ。


 氷同士が『ストーム』の中でクルクルと回りながら、蜘蛛の糸みたいな糸状になった。それを見届けたカルラが「クラッシュ!」と叫ぶと『ストーム』がギュッと収束して、少女を包み込む。


 バシバシと氷の糸が何かを刻む音がして、コタロウが出した蔓の破片や、少女の血と服の切れ端が飛ぶ。


「やれば出来るんじゃない」


 収束した『ストーム』の中から出てきた少女は服がボロボロで身体中傷だらけだ。だけど、堂々と腰に手を当てて、尊大な態度でこちらを見てニヤリと笑う。


「私の氷を使って私を切り刻むなんて、なかなか良い趣味しているわね」


 カルラが「良いから隠すっす」と少女を指さした。アラニャも「下着が見えてます。はしたない」と続いた。


「おい! お前らがやったんだろうが!」


 少女はそう言った後で「まあ、良いわ」と続けると自分の身体をなでた。なでられた場所から順番に傷が治り、服も元通りになった。


 なにそれ?


 もちろんドン引きなのは、僕だけじゃない。カルラもアラニャも口を開けて少女を見た。


 わかるよ。化け物すぎる。こんなの勝てるの?


「わかったわ、あんた達はさ。雑魚にしては、なかなかなのは認めてあげる。だけど、主人はどうかしらね」


 少女がニンマリとした瞬間に、僕の目の前にいた。僕はまとっている魔力を最大にした。そして、ダインさんのステップを真似してステップを踏む。


「エンライ!」


 踊り出すように滑らかに素早く少女に連撃を入れる。少女は「ふーん」と言いながら僕の連撃を軽くさばく。


 回転が速くなり、速度が増して行くごとに、身体が熱くなって、ドクドクと波打つ鼓動が速くなる。それに合わせるように視界が鮮明になり、身体も軽くなって、拳は重くなり、足の踏み込みが速くなる。


 なんだ、この感覚?


 リズミカルにステップを踏むごとに、ドンドン気持ちも高揚した。もっと、もっと。狂気に似た感覚で少女を殴っていたが、彼女はまったく変わらずに踊るようにさばく。


「あんたは見よう見まねかしら? さっき感じた『エンライ』より拙い。でも、初めてにしては悪くはないわ。ダメだけどね」


 彼女はグッと沈み込みながら僕の懐に潜り込んで、肩を僕の腹に押し込んだ。


「ナダレ!」


 彼女がそう言った瞬間にピキッと空気が固まった後で、肌が泡立った。僕は打ち上げられながら、後方にものすごい勢いで飛ばされる。


 くっ、なんだこれ?


 ゴワゴワと身体が強張る。身体の奥から恐怖が上がって来た。


 ダメだ、勝てないよ。次元が違いすぎる。


 僕は受け身も取れずに、砂を巻き上げながら転がる。なんとか気力ですぐに立ち上がったけど、足は震えていた。


「あれ? もしかして心折れちゃった?」


 ニヤリと笑った少女は腕を上げて、手を僕に向けて「ブリザード」と唱えた。僕と少女の間にコタロウが飛び込ん来る。


 その直後に、コタロウが固まって倒れて動かなくなった。


 やめてよ。


「そんな主人、身をていするに値するの? まったく反応できてないわよ」


 少女が首を傾げるとカルラが「関係ないっす」と言った。


「なに?」

「あたし達がアル様を守るのに、理由なんていらないっす」


 カルラがそう言うとアラニャも「そうです」と続ける。それを聞いた少女はおぞましいほどに笑った。


「じゃあ、勝手に死んだら?」


 少女が手をこちらにのばして「ブリザード!」と叫ぶと、カルラが「ゲイル!」とそれを打ち消すように叫んだ。だか、少女に向かった突風は凍りついてかき消された。


 もう、やめてよ。


 アラニャがカルラをかばうように前に出て、地面に手をついた。「ウォーターウォール!」と叫ぶ。


 アラニャとカルラの前に氷の壁が出来た。


 カルラが「アル様逃げて……」と僕を体当たりで突き飛ばした。


 わかったから、やめてよ。


 カルラはその場で倒れて固まり、アラニャもさっきの場所で、地面に手をついたままの姿で固まっている。


「どう? この世界では弱ければ、なにも守れない。わかる?」


 少女は僕を見て嬉しそうに首を傾げた。その姿を見て、僕の中で何かがブチっと音を立てて切れた。

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