第78話 マリッサ

 湖がせり上がり、巨大魚さんが飛び上がるとレイブンに尾びれを叩きつける。だけど、レイブンはそれを軽く左手で受け止めた。


 レイブンにはまったく効いていないが、巨大魚さんは尾っぽの方を闇に侵食されて湖に落下して「バシャン」と大きな音を立てながら湖に波紋と波を起こした。


 たぶん大丈夫だと思うけど、巨大魚さんもあのままにしておくのはまずいね。


 アラニャが「私が行きます」と言うので、僕は小さく頷いた。すぐにアラニャが湖に飛び込んで、巨大魚さんの元に向かう。


 僕らの焦りを感じ取ったように、余裕たっぷりでこちらを見下ろすレイブンは、もはや自分の勝ちを疑っていないのだろう「クククッ」と笑う。


 そうだよね。相手は空を飛んでいる。飛んでいる相手に、きちんと通用する攻撃手段がこちらになければ、倒しようがない。


 頼みのコタロウの『ライトニング』は効かなかった。隙を作れれば効くかもしれないが、どうしよう?


 そこでレイブンから闇をまとったフェザーが飛んでくる。僕はそれをかわしながら、石を拾った。ブランが『ディスチャージ』で刺さって闇を撒き散らしているフェザーを吹き飛ばした。


 どうしよう? と悩んだところで僕に思いつく訳もないので、それを軽く握る。


 そして、親指と人差し指の間から細くした息を吹きかけて石に魔力を移す。石が「パチッ」と空気を弾いた。


 僕は全力でそれをレイブンに投げた。


 ビュン!


 腕が空気を切った後で、石は矢の如く飛んでいく。それから、バンともパンとも似ていない、大きな破裂音が湖に響いた。


「「なっ!」」


 コタロウとカルラが絶句する。


 僕らの視線の先では、レイブンが左羽を失って落下した。砂浜に打ち付けられて砂埃をあげている。


「アル兄ちゃん?」

「アル様?」

「うん?」


 僕らは顔を見合わせた。


「「……」」


「何したの?」

「石投げた」

「あのさ……」


 コタロウが呆れ顔でこちらを見た後で「石って怖いっすね。人に向けて投げては絶対にダメな奴っす」とカルラは苦笑いになった。


「やってくれたな」


 砂埃が晴れると今まさに、レイブンが立ち上がるところだった。もう一度と吠えるように「やってくれたな!」と言うと全身に闇をまとう。


 ゆらりと濃厚な闇をまとった瞬間。


 カルラの『ライトニングボルト』が飛んで行ってレイブンの左肩を貫き、コタロウの『ライトニング』ブランの『ディスチャージ』と続いた。


 レイブンはもがき苦しんだ後で「クソがぁぁぁ」と暴れて『ディスチャージ』をかき消す、だけど明らかに闇は弱々しくなり、体もボロボロだ。


 傷も羽も治っていない。


 僕はそれを見て「降参したら?」と首を傾げた。


 だって、確かにこいつは仲間を食べたけど、飢えに苦しんで、食べなければ生きていけないから、食べざるをえなかったんだよね? 


「なにを言っている?」

「降参しなよ」


 僕がもう一度言うと、レイブンは「ケッ」と笑った。


「お前のその甘さには反吐が出る。せいぜい良い気になっていれば良い。いつか、お前は自分の甘さに後悔する日が来る。必ずだ」


 レイブンは「先に行って待ってるぞ」と笑った後で、右手に持っていた剣を自らの胸に突き刺した。そして「ゴホッ」と血を吐いて倒れる。


 地面に横たわるその体から闇が消えた。


「カルラ、アラニャと巨大魚さんの様子を見て来てくれる?」

「はいっす」


 カルラに様子を見てもらっている間に、レイブンは魔石を取り出して、湖の外れの木下に埋めた。


「アル様、巨大魚は大丈夫っす。浮いている魚型の魔獣をもっと食べても良いのか、聞いているっすよ」

「うん、良いって言ってくれる? だけど、必ず闇落ちは避けるように言って、それから僕らが回収している闇落ち以外も明日以降分けてあげるからって」

「分かったっす」


 そこから湖に浮いている小さい魚型の魔獣を、巨大魚さんが食べて、僕らはマジックバックに詰める。


 みんな黙々と作業を続けたが、コタロウが「アル兄ちゃん、巨大魚はどうするの?」と聞いて来た。


「うん、考えてない」

「そうだろうね。とりあえず魚型の魔獣が増えるまではファングディアの肉をあげるしかないね。それも量が必要だと思うけど」

「タートル肉で賄えないかな?」

「サイモンさん達の分、ルタウの街だってしばらくは分けてあげる必要がある、それから他にも送るからね。巨大魚がどれほど食べるのかわからないとなんとも言えないね」


 僕とコタロウが「うーむ」と悩んでいるとアラニャが微笑んだ。


「母さんからの手紙にビックアントがまたすごく増えて、肉が大量にあるから欲しいなら送るって書いてありましたよ。巨大魚さんが虫型の魔獣も食べられるなら、送ってもらえば良いんじゃないですか?」


 まだ何も言ってないのに、カルラが食事中の巨大魚さんに確認に行った。


 そして、虫も問題なく食べられると言う事なので、巨大魚さんの食事問題はとりあえず解決しそうだね。


「じゃあ、ビックアントの肉をアラネアさんの村から大量に買い取って、巨大魚にあげる。その代わりにここの水草をサイモンさん達に回収してもらって、それをルタウの街に売る。アル兄ちゃんの商会がそれを買って肥料にして、タウロの街に売る。って事で良いかな?」

「うん、サイモンさん達に巨大魚さんの世話も任せて、巨大魚さんには水草を守ってもらうって事にしよう」

「アル兄ちゃん、水草って守る必要あるの?」


 コタロウが首を傾げたので、僕も傾げた。


 うん、分からないよ。でも水草が全てなくなると奴隷達が困るでしょ?


 僕とコタロウが見合っていると、カルラが軽くコホンと咳払いをして、とりあえず、この話はまとまった。


 その後、食事を終えた巨大魚さんが主従契約を希望したので、僕と巨大魚さんは主従契約を結ぶ。


 だけどさ、なぜこうなった!


 進化した巨大魚さんは僕らと変わらないサイズになって上半身は人族、下半身は魚になった。


「アル兄ちゃん、マーメイドに進化したね」

「マーメイド?」

「あのさ、何度も言うけど図鑑みようね?」


 いや、見てるよ。いたっけ? こんな子?


 コタロウが呆れ顔になり、僕が首を傾げて、マーメイドの女の子は微笑んだ。カルラが慌てて僕の目を塞ぐ。


「アル様もコタロウもジロジロ見ちゃダメっす。大事なところは髪の毛で見えてないっすけど、ダメなものはダメっすよ」


 僕がカルラに目隠しされている間に、アラニャがマーメイドさんに水着を着せた。ちなみにマーメイドさんはコタロウにより、マリッサと名付けられた。


「どうするっすか?」

「うん、サイモンさんに任せよう」


 僕が即答するとカルラが「そうっすね」と笑う。


 困った時は出来る大人に任せよう。うん、丸投げだね。


「マリッサもそれで良い?」

「はい、アル様にお任せします」


 僕が聞くとマリッサも良い笑顔で頷くので、マリッサはサイモンさんの村に連れて行く事にした。


 ここで1人は寂しいからね。


 それから先程の話し合いはかなり方向を修正されて、この湖はルタウの街のエミリアさんに任せる事にする。


 直接奴隷達を使って水草を集めて、肥料にしてもらった方が早いからね。


 それの相談をする為に、僕とカルラは帰りにルタウの街に寄る事にした。


 エミリアさんに湖の事を頼んだ後で、教会で闇落ちレイブンの魔石と闇落ちした魚の肉と魔石を浄化してもらうつもりだ。


 サイモンさん達の村にいるハロルド達とマリッサが進化しそうだから、食べてもらおう。

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