第70話 街付きの貴族
イーハンはゆっくりと振り返ると、自分を刺している者を見た。
「キース、なぜだ」
「父上、あなたは間違っている。これ以上民が苦しむのを黙って見ていられない」
「馬鹿な、実の父親を手にかけるとは……」
イーハンが事切れた後で、キースさんはイーハンを丁寧に地面に寝かせると、剣を鞘に収めて僕に歩み寄りひざまずいた。
「アルフレッド様、父、および兄の愚かな行いをお許し下さい。今夜の件は全てマルファーソン家に責があり、なにとぞ民には寛大な処置をお願い致します」
「キースさん?」
「先程の兵士達とのやり取りを……その見ておりました」
「もしかして心配で助けに来てくれたのですか?」
僕がキースさんを見下ろしたままで首を傾げると、見上げたキースさんは苦笑いして「必要なかったですが……」と額を掻いた。
いや、気持ちが大事だよ。
「ありがとうございます。だからもうひざまずくのはやめて下さい。後の事はキースさんに任せても良いですか?」
「アルフレッド様?」
「僕には難しい事は分かりませんから、キースさんがこの街付きの貴族として今回の件を処理して下さい。僕でも手伝える事があれば手伝いますので」
僕がキースさんに笑いかけると、キースさんは見上げたままで口を大きく開いた。
「あの、俺を信じてくださるのですか?」
「うん? キースさんは今回の襲撃を事前に止めてようとしてくれたでしょ? しかも助けに来てくれて、最後は自分の父親を手にかけてまでこの騒ぎを収めてくれた」
「しかし、昼間、俺は失礼な態度を」
「あれだって、貴族として今まで冒険者達から色眼鏡で見られて来たからでしょう? 僕もそうならないようにあんな風に周りに僕が力を示せるようにしてくれたんですよね?」
僕が首を傾げるとキースさんは「いえ」と首を横に振った。
「そんな考えではありません。貴族が優遇されていると思われれば、俺もまたそういう目で見られると思って頭に来たのです」
「そうですか。僕には難しい事は分からないけど、それもキースさんが努力をして来たからでしょ?」
「アルフレッド様」
キースさんは転がっている冒険者達を見ながらギュッと顔をしかめた。
「どうするっすか? キースさんが冒険者のままで居たいなら仕方がないのでイゴール様に報告するっすけど、アル様がいくら『穏便に』と頼んでも、深夜に宿屋を襲撃してアル様に刃を向けたこの街がどうなるのか? 分からないっすよ」
カルラがそう言うと、野次馬達から不安な声が上がった。
「領主様はお優しいが、孫が襲われたのだ。今回は目をつぶれないだろな」
「でも私達は関係ないでしょ?」
「見ていただけの我らもただで済むわけないだろ?」
「なんでそうなるのよ、イーハンが勝手にやった事じゃない」
「そんな言い訳、通用すると思うのか? 街ごと潰されかねない」
そこで野次馬達はキースさんを見た。
「アルフレッド様は、キース様がこの件を処理するなら内緒にして下さるって言ってるのよ」
「そういう事だな、それなら領主様も目をつぶれるのだろう」
「では、我らはキース様にすがるしかないな」
「「キース様、お願いします」」
いきなり野次馬達に頼られたキースさんはため息を吐いた。
「アルフレッド様は、狙ってやっているのですか?」
「何の事ですか?」
僕が首を傾げるとキースさんが「分かりました。街の為に力を尽くすと約束致します」と頭を下げた。
キースさんの言葉に、すぐに集まっていた野次馬達が盛り上がる。
これなら大丈夫そうだね。
僕達は次に兵士達を見た。隣にいたコタロウが首を傾げる。
「兵士達はどうするの? 今まで真面目に働いていなかったなら、何かしらの処分が必要だと思うけど?」
「処分って、例えば?」
「うーん、不正に加担していたならそれ相応の処罰を与えるべきだと思うし、怠慢だけだとしても解雇して、今までグドウィンが払った分の給金も返済してもらうとかした方が良いんじゃない?」
コタロウの発言に一番先に反応したのは野次馬達の中の女性陣だった。
「アルフレッド様、もう不正はさせませんから勘弁して頂けませんか?」
「夫が解雇されたら食べていけないし、返済など求められたら家族で首を括らないと……」
「そうですよ。アルフレッド様は、血も涙もないのですか?」
カルラがそこで「フン」と鼻を鳴らした。
「街ごと見逃してもらっておいて、アル様が血も涙もないなんて、どの口が言っているんっすか? それに今までイーハンから散々袖の下をもらって来たんっすよね?」
「それは……」
「兵士達がちゃんとしてれば、この街だってこんな事にはなってないっす。アル様を批判する前に、不漁の原因を告白して、ここは街の人達に謝るべきではないっすか?」
その女性達は驚いた顔でカルラを見るので、カルラは苦笑いをする。
「まったくどこまで馬鹿にしているんっすか? 兵士達を味方につけるメリットは不正の揉み消しだけではないっすよね? あの貴族の事だからあんた達にも何かさせていたのではないっすか?」
「そんな事はありません。私達は何も知らない」
そう言った女の人を「もうやめましょう」と言って制した女の人がカルラに頷いた。
「10数年前よりイーハンは湖を目的に来る貴族達を相手にした特産を作る為にイエローイヤータートルの養殖を始めたんです。タートルの綺麗な甲羅を加工して装飾品にしていたのですが、すぐに売れ行きが悪くなったのでそれを湖に返したんです」
「「なっ!?」」
その場にいた者達がみんな驚いた顔をした。
どうしたの?
「うん? 何か問題があるのですか?」
僕が首を傾げると、野次馬の1人が頷く。
「アルフレッド様、イエローイヤータートルは雑食でなんでも食べるし、甲羅が硬く斬撃や突きは効きづらく、水魔法にも強いので水辺ではなかなかの強敵なのです。だからどんどん増えて水辺の生態系を壊します」
「じゃあ、そのタートルを駆除すれば湖は元に戻るんですね?」
僕の言葉に野次馬の男の人は「えっ?」と驚いた後で「そうですね」と呆れたという顔をする。
「だけど、間に合えば良いのですが……すでにかなり魚が減っているので戻るかどうか」
その野次馬の男の言葉に追従する様に野次馬達からは次々に悲観的な声が上がった。
僕はサーシャの父親を見る。
「サハギンさん達はそのタートル倒せますか?」
「我々では難しいです。やはり甲羅が硬いし、我らの魔法では多くは倒せません」
「じゃあ、僕達に泳ぎを教えてくれませんか? 僕達が倒しますから」
少し考えた後でサーシャの父親が「分かりました」と頷くので、僕はその場にいた人達を見た。
「まず兵士さん達は、今回の襲撃に参加した者達をキースさんの指示に従って処理してくれますか?」
僕の言葉に兵士さん達は「はい」と返事をよこす。それを見ていたカルラが捕捉した。
「今後真面目にやらない、および不正があればすぐに職を解いて奥さん共々奴隷落ちにするっす。真面目に働くっすよ」
「「はい」」
うん、大丈夫そうだね。次に僕は野次馬の中にいた冒険者を見た。
「次は襲撃に参加しなかった残りの冒険者さん達は明日から真面目にホーンボアとファングディアを狩って来てください。そして、しばらくはそれを街の食料にしようと思いますのでよろしくお願いします」
冒険者達は少し不服そうに頷いた。
「あんた達も事前に襲撃を知っていてアル様に知らせなかったんっすから、罪はないとか思ってないっすよね? 不服ならここに転がる奴らと同じ扱いにするっすよ?」
というカルラの言葉に慌ててやる気を見せた。大丈夫かな? 心配だけど、とりあえずやってみて、ダメなら仕方ないね。
そして、僕は最後に漁師さん達を見た。
「申し訳ないんですけど、しばらくは湖での漁は控えてもらえますか? とりあえずタートルは僕らが何とかしますので、湖の魚が戻るまで辛抱してもらいたいです」
「分かりました」
サハギンと人族のクォーターの漁師のおじさんが一番先に返事をしてくれて、それに他の漁師さん達も続いてくれた。こっちは大丈夫そうだね。
「じゃあ、後の事はこの街付きの貴族、キース・マルファーソンさんに任せますので、何かあれば相談して下さい。みんなでこの難局を乗り切りましょう」
僕が笑うとみんなが再び「「はい」」と頷いた。
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