第69話 貴族と従者

 イーハンが顔を歪める。


「ふん、ガキ相手になにをやっている? もっと真面目にやれ! お前らの村がどうなっても良いのか?」


 イーハンのその言葉に僕と対峙している男はさらに動きを早めて右手でナイフを突き出した。僕がそれをかわすと男は「ウォーターショット」と言う。


 男の左手から水が吹き出して僕の死角から飛んで来たけど、僕は右手に魔力をまとわせてそれをいなしながら左手の掌底を男の顔に打ち込んだ。


 男が吹っ飛んで行く。


 男が通りの向こうの家にぶつかり土埃をあげているので、僕がみんなを見ると、みんな優勢に戦っていた。


 コタロウは大きなガタイの相手に「ライトニング」を落としている。


 ブランも小柄な相手の素早いナイフをかわしながら『ディスチャージ』でダメージを与えていた。


 アラニャは雷を糸に流したが、相手も雷属性だったらしく、効かなかったようで今度は粘着性のある糸を網のように出して相手の動きを少しずつ拘束している。


 そして、カルラは矢を放って、次をつがえるタイミングを投げナイフで狙われたのに笑った。カルラが「ライトニングボルト」と唱えた瞬間に弓から雷の矢が飛んで、飛んできたナイフを弾いて、投げた男の肩を貫く。


 さらに次の「ライトニングボルト」を男はかわしたのに、雷の余波で痺れて、その次の「ライトニングボルト」が男の太ももに突き刺さった。


 転がって動きを止めた男を見下ろすカルラが「次は急所を狙うっすよ」と言うと、男はカルラを見上げたまま、両手の手の平を見せて小さく頷いた。


 そこで僕に吹き飛ばした男が立ち上がり「ウォォォ」と雄叫びを上げた。


「人族の子供よ。よそ見なんて余裕だな。俺はまだ終わってないぞ」


 そう言った後で、飛びかかって来た男の腕をかわして体の下に潜り込むと僕は右肩を男のみぞおちに打ち込んだ「グフゥ」と男の勢いが少し止まったところで、僕は左手で胸ぐらを掴んで後方に体を捻って倒れ込みながら巻き込んで男を投げた。


 背中を地面に打ち付けた男が「カハァ」と声をもらす。


「父さん!」


 フードをまぶかに被った子が人混みをかき分けて出て来て、倒れている男に駆け寄った。


「父さん、何やってるの?」

「サーシャか、村を救うにはあの貴族に従うしかないんだ。我らにはもう食べる物がない。小さな子供達にこれ以上ひもじい思いをさせる訳には……」

「父さん、食料はそこのアル様が下さったから大丈夫なのよ。今日はたくさん食べてもうみんな寝てるわ」


 倒れているサーシャの父親は目を見開いた。


「それは本当か?」

「うん、ホーンボアとファングディアの肉、それから野菜も甘い物だってあるんだよ」

「そうか、良かった」


 サーシャの父親がサーシャに優しく微笑んだところで、イーハンが怒鳴り始めた。


「いつまで寝ている。さっさとそこのガキを片付けろ、従者の証がある以上、もうお前は私に逆らえないのだぞ」


 イーハンが主人の腕輪をさすると、男達の首にはまった従者の首輪が光る。顔を歪める男達。そして、サーシャの父親は立ち上がった。


「アル様、気にせず殺して下さい。村が助かったならもう良いんです」


 そこでサーシャが「父さん!」と呼んだけど、サーシャの父親はサーシャは見ずに僕を真っ直ぐに見た。


「我らはあの者に逆らえない。すみません」

「主従契約を解く方法はないの?」

「主人が解くか、どちらかが死ぬか」


 サーシャの父親がそう言った時に、イーハンがサーシャに近づいて後ろから捕まえた。


「馬鹿な真似はよせ、お前らがあのガキを殺さなければ、この娘を殺すぞ」


 サーシャの父親はそれを見て顔をゆがめた。


「まだ分からないのか? アル様達は手加減している、我々ではアル様達には勝てない」

「ふん、差し違えてでも殺せ、どこの貴族の子息か知らないが王都にいるイゴールに報告されたら厄介だ。ここで殺さなければ儂の立場が危うい」


 次の瞬間サーシャがイーハンの腕に噛み付いてイーハンを振り解いた。


 サーシャは野次馬達の方に逃げたが、イーハンが腰から剣を抜いて、逃げるサーシャに剣を振り下ろした。その時、野次馬から飛び出した男がサーシャをかばって腕を切られる。


 サーシャをかばってくれたのは、昼間の漁師のおじさんだ。だけど、切られた腕は少ししか血が出ていない。破れた服からのぞいた腕には鱗が見えた。


「おじさん、大丈夫?」

「大丈夫です。あっしのおばぁはサハギンで、あっしはサハギンと人族のクォーターですから、この程度なんて事ないです」

「そっか、良かった。サーシャ助けてくれてありがとう」


 僕がそう言うとおじさんは微笑んだ。


 サーシャも「ありがとう」と言った後で、おじさんの傷を気にしていたが、どうやら大丈夫なようで安心した顔をした。


「どいつもこいつも儂の邪魔をしやがって」


 イーハンが逆上して駄々をこねる様に再び足踏みする。


「サハギンども、さっさとガキどもを殺せ、さもないとお前たちの村をもっと辛い目にあわせるぞ!」


 怒鳴るようなイーハンの言葉にカルラが「おかしな事言うっすね?」と首を傾げた。


「その口振りだと、まるで意図的にサハギンの村をひどい目に合わせたように聞こえるっすよ」


 カルラが嫌そうな物を見る目でイーハンを見て、アラニャが「もしかして不漁はその人の仕業なのですか?」と首を傾げると、取り囲んでいた野次馬達がザワザワとし出す。


「イーハン様が不漁にしていたのか?」

「どうなんてんだ、不漁はサハギン達のせいだろ?」

「もしかして俺達はだまされていたのか?」


 イーハンが焦ったように声を裏返させて「庶民ども黙れ!」と怒鳴ると、野次馬達から石が飛んできた。1つ、2つと石が飛んで来て、イーハンの体に当たる。


 複数の石が当たり、イラついたイーハンが野次馬達に向けて「貴様らぁ」と剣を振り上げたところでイーハンの体を剣が貫いた。

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