第58話 兄さんが来た

 そこからしばらくは、トマスさんとオリバさん、それからミア達、さらに中に残っていた冒険者さん達と談笑していたら、外が騒がしくなったので、みんなにはその場に居てもらって外に出た。


 外に出てすぐにドンと突き飛ばされたガタイの良い冒険者さんを僕は受け止める。


 顔が腫れていたので、マジックバックから取り出したポーションをかけて、冒険者さんを殴った男を見た。


 格好は使用人だけど、人相が悪い。そこで僕はギルドを取り囲んでいる人達を見た。


 うーん、みんな怖い顔しているね。


 まったくもう少し居なかったのだろうか? こんな人に身の回りの世話をされたくないし、屋敷をウロウロされるのも嫌だと思うんだけど?


「へっ、どこの坊ちゃんだか知らねぇが、引っ込んでな、怪我するぜ」

「心配ありがとう。だけど、僕はお節介な坊ちゃんだから無理だよ」


 冒険者さんを殴った男は「なっ!?」と目を見開いたが、後ろから来た太った男はヘラヘラと笑い出した。


「おぉ、王都の商家のお節介な坊ちゃんだか、なんだか知らないが、このマルタの街は儂の街、余計な真似はやめてもらおうか?」


 太った男はそう言うと「フン」と鼻で笑う。


「えっと、領主様の街だよね? あなたはただの街付きの貴族でしょ?」

「ガキが調子に乗るなよ! 領主だかなんだか知らねぇが、所詮は王都で王族や公爵におべっかばかり使っているジジイだろ? ここでは力が全てだ。王都の商家の坊っちゃんも調子に乗ってると怪我だけではすまねぇぞ」


 男は首を傾げた後で、ギルドを取り囲んでいる。使用人達を見た。


「なにをしている、さっさとやってしまえ」

「ですが、相手は子供ですぜ」

「ふん、ちょっと痛い目を見ればお節介もやめるだろ? 教育だ。少し世の中ってのを教えてやれ!」

「でも、こんなひょろこいガキ小突いたら、死んじまいますぜ」

「死んだら、死んだで埋めてしまえば良いだろ? たかが商人の子供など、構いはしない」


 そう言った後で「従者は良いじゃないか? 儂がもらってやろう」とニヤニヤしながらアラニャとカルラを見るのが気持ち悪い。


 僕は襲いかかって来た男を殴り飛ばして「みんな、殺さない程度に懲らしめて良いよ」と言うと、コタロウ達は「分かった」と返事を返して来た。


 すぐに、それぞれが目の前の男らの相手をする。


 だけどさ、歯応えがなさすぎない?


 みんなあっさりのされて、次々にアラニャがぐるぐる巻きにして転がしている。


 なんか泣いている人もいるけど、大丈夫かな?


 太った男は次々に自分の従者達が転がされるのを見ながら口をアングリと開けていたが、急に事態が飲み込めたのか、焦った様に僕を見た。


 えっと? 


「アル兄ちゃん? もしかして、これで終わり? あの人、正気なの?」

「うん? どうだろう?」


 コタロウの呼びかけに僕は首を傾げたが、太った男は後ろに連れて来ていたミア達の親を「お前ら、なにしてる。金を払っただろ?」と言いながら、背中を押して、前に押し出して壁にした。


 とまどいながらも前に出た親達は、こちらを伺いながら「他人の家の事にしゃしゃり出るな」とか「金持ちは何をしても良いのか?」とか「お前には関係ないだろ?」とか言い出した。


 あのさ、なに言ってんの?


 手を後ろで組んで無抵抗を装いながら、こちらに前進してくる。そして、僕らが呆れてその人達を見ていると、太った男が男達をぐるぐる巻きにしていたアラニャの手を掴んだ。


「おい、抵抗するならこの娘を」


 男がそう言った瞬間に僕の抑え込んでいた魔力が漏れ出る「あっ!」とコタロウが言った瞬間に、僕は踏み出していた。


 太った男は僕に殴られて吹っ飛んだ。コロコロと転がり泡を吹いている。


 そして、周りを取り囲んでいたミア達の親を睨みつける。ミア達の親は「ヒッ」と1人が声を上げると、みんな口々に何か言いながら逃げていった。


 まあ良いね。


 僕はそんな人達は気にしないで、解放されたアラニャに「大丈夫?」と微笑みかけた。


「はい、大丈夫です。アル様」


 アラニャが微笑んでくれたので、少し安心した。それを見て沸き上がっていた怒りが収まる。


 アラニャになにもなくて、本当に良かった。


「あのさ、アラニャがそんな太っただけのおっさんに負けると思うの? アル兄ちゃん?」


 コタロウにそう言われて「確かにそうだね」と言った後で、倒れている太った男を見下ろした。


 やり過ぎたかな?


 そんな風に思った時に、アラニャにぐるぐる巻にされていた使用人の1人がこちらを見上げた。


「貴族にこんな事をして良いと思っているのか? お前もお前の従者もタダでは済まないぞ」


 この人は自分の立場は分かってないのかな?


 僕は首を傾げて、その男を見下ろすと後ろから声が聞こえた。


「貴様らは領主の孫に手を出してタダで済むと思っているのか?」


 僕が振り返ると、兵士を連れたエド兄さんがこちらを見て笑っていた。先程の使用人はアワアワと口を動かしている。


「兄さん?」

「アル、久しぶりだね」

「はい、お久しぶりです。今日はどうされたのですか?」

「うん、お爺様にマルタの街の騒動を収めて来いと任されてね」

「そうですか」


 エド兄さんが1度顔を戻して連れて来た兵士達に小さく頷くと控えていた兵士達が素早く動き出した。転がっている者達をはあっという間に連れて行く。


 エド兄さんはその様子を確認した後で、僕に笑顔を向けた。


「いつから見ていたのですか?」

「うん、少し前からだよ。面白い事になっていたから見ていた。また腕を上げたね、アル。それに従者もみな優秀だ」

「僕はまだまだですけど、みんなは優秀です」


 僕が笑うとエド兄さんも「そうかな?」と優しく笑う。


「アル、私はちょっと行ってあのクズの屋敷の捜索の後で、一応弁解を聞いてくる。後でアル達の話も聞きたい、ギルドで待っていてくれ」

「分かりました、兄さん。ギルドでお待ちしてます」


 貴族の館に向かうエド兄さんの後ろ姿を見送って、僕はギルドの中に入った。

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