第57話 親と子と

 数日後、僕達がマルタに着くと門番は「アル様、ようこそおいで下さいました。お通りください」と頭を下げてくれたので、僕は「ありがとう」と笑いかけておいた。


 こう言う扱いには、慣れてないからなんか気恥ずかしいね。


 そして、街中に入るとマルタの街には人が戻って来ていて、市場から賑やかな声が聞こえるし、通りでは子供達が遊んでいる。その横で奥様達が話に花を咲かせているし、明らかに活気がある。


 あの通りに誰1人として人がいない寂れた街が嘘の様だ。これがマルタの街の本来の姿なんだね。


 そんな人々を見ながらギルドまで来ると、ギルドの入り口で騒ぎが起きていた。


「娘を返してください。あの子はうちの子です」

「そうだ返せ」

「お前らにやった覚えはないぜ」


 と数人が人集りになって騒いでいるが、入り口で冒険者さん達が「本人が帰りたくないと言ってますから」とその騒いでいる人達がギルド内に入らない様に防いでいた。


 うん? なんだろう?


 僕らが近付いても、騒いでいる人達は全く気にしないで退いてくれる様子もない。仕方がないので「すみません」と声をかけたが、こちらをチラッと見ただけで気にせずにまた「返せよ」と言っている。


「どうされたんですか?」

「あぁ、アル様、この人達が娘を返せと言い出しまして」

「もしかして、ミア達の親ですか?」


 冒険者は顔をしかめて「はい」と頷く。


 なるほど、街が安全になったから迎えに来たのか?


 でもさ、口減らしとか言ってなかったけ?


「あの、ミア達は帰る場所はないって言ってませんでしたっけ?」

「そうなんですよ」


 冒険者は頷いたが、親達は「おい、俺達を無視してこんな小僧の相手か?」とか言っている。


「良いから中に入れろ! 娘を返せ!」

「だから無理ですって、本人達は会いたくないと言ってますから」

「なぜ会いたくないんだ」

「普通にあなた達がお金目当てだからでしょ? 娘達がこの街に帰って来ても見向きもしないどころか、家に帰って来ても居場所はないって言ってたくせして、ビックアントの素材を売った金が娘達に入った事を知ると手の平を返して返せだなんて、正気ですか?」


 なっ!?


 僕は思わず、親達の顔をガン見してしまった。だけど、親達は僕の目など全く気にせずに再び「返せ」とまた繰り返している。


 冒険者さんは「ハァ」とため息をついた後で「とりあえず、帰ってもらえますか? これ以上騒ぐなら領主様に報告しますよ」とお願いしたのだが、親達は引き下がらない。


「領主様だって親子を引き裂けないだろ?」

「「そうだ、そうだ」」


 うーん、めんどくさいね。


 僕が呆れながらその親達を見ていると、コタロウがゴホンと咳払いした。


「じゃあ、もう好きに騒いだら良いですけど、これ以上ギルド前を不当に占拠して利用者の利用を妨げるなら、こちらとしては領主様に報告します」


 コタロウがそう言っても、親達はまだウダウダ言っていたが、使用人ぽい服を着た男の人に促されて渋々離れて行った。


 僕がその背中を見送っていると、冒険者さん達がコタロウに「ありがとうございます」「助かりました」と言う。その言葉にコタロウは「気にしないで下さい」と首を横に振った。


「これでとりあえず引いたけど、また来そうだね。冒険者の兄ちゃん達はあの使用人ぽい人が誰か分かる?」

「あれはこの街付きの貴族の使用人です」

「そうなんだ、やっぱり貴族をなんとかしないとダメみたいだね?」


 そう言いながらコタロウが僕を見るので「うん?」と僕は首を傾げた。


「アル兄ちゃん、どうするの?」

「どうするって?」

「このままにしておけないでしょ?」


 僕は「そうだね」と首肯した。


 確かにこのままにしておけないだろうね。だけどさ……。


「あのさ、親と子の関係に領主だからと介入してもいいのかな?」

「えっ?」

「僕には難しい事は分からないけど、出来る事なら親子は良い関係でいて欲しい。それにさ、ミア達の気持ちをもう一度聞くべきだと思う。本当にもう2度と会えなくても良いのか?」


 そう、僕やブランの様に本当にもう2度と親と会えなくなっても構わないのか? 聞くべきだ。


「でもアル兄ちゃん、あんな親、もう会いたくないに決まってるだろ?」

「コタロウ、決めつけてはダメだよ。人の心は本人にしか分からない。こちらが普通はこうだろう? って押し付けてはダメなんだ」

「そうか、確かに本当は帰りたいのに周りに合わせている子も居るかもしれないね。だとしたら1人1人と話をするべきだ」


 コタロウに僕は頷いた。


 その後で冒険者さん達に「約束通り、みんなを守ってくれてありがとう」と言って僕らはギルド中に入る。中ではミア達がひと塊になって寄り添い合いながら、涙を浮かべていた。


 僕らは側まで行って笑いかけた。


「みんな大丈夫? 怖い思いをさせてごめんね」

「いえ、アル様のせいではありません」


 僕は「ありがとう」と言いながら、気丈に振る舞うミアの頭をなでる。その瞬間にミアが泣き出して抱きついて来たので、しばらく黙ってその小さな背中をなでた。


 ミアが落ち着いたところで、僕らは1人1人と話をした「もう2度と親と会えなくても良いのか?」「無理して周りに合わせていないのか?」と聞いたのだけど……うん、即答で「会えなくて良い」「会いたくない」なるほど、そうだよね。


 僕が苦笑いをしていると、トマスさんとオリバさんが寄って来た。


「アル様に任せて頂いたのに、この様な状況になりまして、申し訳ありません」

「気にしなくて大丈夫ですよ。2人のせいではないですから」


 僕が微笑むと2人は恐縮して頭を掻く。


「それに少し前に領主様に手紙を出して置いたから、もう少ししたら領主様の使いが来ると思いますので、大丈夫ですよ」

「「えっ!?」」


 2人は驚いて僕を見るからさ、もしかしたらお爺様本人が来るかもよ。とは言えないね。


「とりあえず、問題は深刻な物から順番に取り掛かっていますけど、領主様への報告を怠り、終いには住民の子供達を勝手に魔獣への生贄にする街付きの貴族が、タダで済むわけないですよね?」

「と言う事は……」

「うん、ミア達が許すなら許そうかと思ったけど、あの親達も一緒に処分してもらおうかと思います」


 僕はそこまで言ってミア達を見たら、みんなひどく頷いている。


 まあ、勝手に捨てておいて、自分に利があると思えば騒いで取り返そうとするなんて、どうかしているから仕方ないよね?

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