第54話 冒険者達の事情

 アラニャがスルスルと糸の上を行くと、若い子達を1人ずつ吊り上げて行く。1人、また1人と30人ほど吊り上げると若い子は残り1人となった。


 アラニャが降りて行ったところで、あのガタイの良い冒険者に押さえつけられたあの男が押さえつけられたままで暴れる。


「おい、ガキ、他はどうでも良い、俺を助けろ!」


 僕は呆れてその男を見た。隣でコタロウが苦笑いをして、ブランが「フン」と鼻で笑い。カルラがため息をついた。


「救いようがないってのは、ああ言うのを言うんっすね」

「ゲス野郎、間違いない」

「本当だね。あんな奴のどこが良くてみんなは従っているんだろうね? あのガタイのよい兄ちゃんの方が良くない?」


 三者三様の感想だけど、僕はこう言われないようにしないといけないね。うん? まだ大丈夫だよね?


 アラニャは何事もなかったように、すぐに若い子を吊り上げた。ガタイの良い男の人が涙を流して「ありがとう」と頭を下げる。


 アラニャは再び降りて行って「えっ?」って驚いているガタイの良い男を尻目に、次の冒険者を吊り上げる。順番に壁を作っている男達とあの男とガタイの良い冒険者を残して吊り上げた。


 次はガタイの良い冒険者の番になった。


「俺は良い、壁を作っている奴らを頼む」

「いえ、アル様に同族殺しの咎を背負わせる訳にはいかないので、あなたを助けます」

「しかし、この男を離せば」

「大丈夫ですよ」


 アラニャが微笑んで頷くので、ガタイの良い冒険者はあの男から手を離した。案の定、暴れて剣を抜くとアラニャに襲いかかる。


 だけど、切りかかろうとした瞬間にガタイの良い冒険者がアラニャをかばい『ファイアウォール』を作っていた1人の男があの男を突き飛ばした。


「あっ!」


 小さな声だけを残して、ギリギリとカタカタと音を出してひしめき合っているビックアントの中に吸い込まれて見えなくなった。


 その様子を見ていたが誰も何も言わない。もちろん『ファイアウォール』の欠けた1人分の穴も、他の人が立ち位置を変えてとっさに補っていた。


 みんな気持ちは同じって事かな?


 アラニャをかばって切られたガタイの良い冒険者も大丈夫そうだ。さすがの筋肉だね。そして、アラニャにグルグル巻にされて吊り上げられた。


 最後に『ファイアウォール』を張っている人達も声をかけて1人ずつ上げて行く、順番に誰も文句は言わない。もちろん最後は一気に3人吊り上げた。


 火の壁が消えるとすぐに冒険者達がいた場所はビックアントに埋め尽くされた。ギリギリとカタカタと音を出してひしめき合っている様子は気持ちの良い物ではない。


 だけどさ、ビックアント達をよく見ると少し大きな個体とか、少し姿が違う個体も混ざっているね。


 たくさんの魔獣や人族を食べて、進化したのかな?


「それにしてもすごい量だね。進化している個体もいるようだけど、これどうしようか?」

「アル兄ちゃん、今は吊し上げられている人達に反応しているけど、あの人達をこちらに引き寄せればこっちを襲ってくるよ、たぶん」

「となると、倒すしかないか?」

「どうやって?」


 確かに相手は1000を超える数がいる。きっと地下にはまだまだいるから、1匹、1匹は全く問題ないけど、全部倒すのは現実的ではない。


 かと言って、あのまま吊るして帰ると言う選択肢もない。


「倒すのは無理だから、僕がビックアント達を引きつけてここから引き離すから、その間に冒険者さん達を解放して、逃げてくれる?」

「1人であの数相手にするなんてダメだよ、そんなの危険すぎる」

「だけどさ、あの人達、放っておけないでしょ?」

「うん……」


 僕は吊るされている冒険者達を見た。


「僕がビックアントを引き離すから、あなた達はここで解放されたらそのまま、マルタの街に帰ってくれますか?」


 僕の呼びかけに、みんなが「はい」と言う様な内容の事を返して来たので、コタロウとアラニャを見た。


「あの人達は、ここで解放してあげて良いからみんなはこのまま、アラネアさんの村に向かって良いね?」


 そして、あらかじめアラニャに、硬い糸でアラネアさんの村方面と、マルタの街方面に高い柵を作って貰った。


 そっち方面に行かない様にね。


 うん? と言うか、これって。


「アラニャ、これを全方向に作れる?」

「はい、アル様。大丈夫です」

「……」


 カッコつけたけどさ。


「アラニャ、ごめん。お願い」


 アラニャは僕の言葉に嬉しそうに頷くと硬い糸で高い柵をビックアント達を囲う様に張り巡らせた。そして、僕達は周囲に他の穴がないかを確認してから、高台に戻る。


「あのさ……」

「アル兄ちゃん、大丈夫だよ。あの人達もきっと気にしてないよ」


 僕は俯いてコタロウに励まされた後で、アラニャに頼んで冒険者達を高台に引き寄せてもらった。


 ビックアントはやはりアラニャの硬い糸の柵は越えられずに、ガシャガシャと音を立てながら、相手の上に登れずにツルツルと滑って、揉みくちゃになっている。


 そして、後ろから押された圧に負けた者達が糸で切り裂かれて、張られた糸の外に押し出されて来るのが、気持ち悪い。


 とりあえずそちらを見るのはやめて、アラニャの糸玉から冒険者達を解放した。


 冒険者達が互いに無事を喜びあっているのは良いけどさ、僕やアラニャに無理やりハグするのはやめてくれる?


 それから女性達のほっぺにキスとかは、もっといらないよ。


 それにお姉さん! 抱きしめながら、僕の顔に胸を押し付けるのもやめて!


 そこから話を聞くとみんな脛に傷があって、大変な時期にあのボスに拾われたから、逆らえなかった様だ。


 僕はよく分からなかったけど、コタロウが「それって初めにあの人にハメられたんじゃないの?」と言った。


 冒険者の1人が「確かによく聞くとみんな似たような展開で、ボスに助けられているな」と言った瞬間に数人の男が「指示されて、俺達がハメていた」と頭を下げた。


 この人達は古株の人達らしい。


 もちろん冒険者達は少し騒然とした。


 みんなハメられて今まで従わされていたのだから、憤るのも仕方ないよね。


 女性の中には体を許したものさえ居た。数名が古株達の胸ぐらを掴んだが、もう指示をしていたあの男はいない。


 あのガタイの良い人が中心になって、みんなで話し合って、過ぎた事で争うのは馬鹿らしいと言う事に落ち着いた様だ。


 なんだみんな良い人達じゃないか。


 そして、僕はアラニャを見た。


「アラニャ、ごめんね」

「どうしたのですか? アル様」

「辛い時は我慢しなくて良いよ。本当はあの人達を助けるのは辛かっただろ? いっぱい我慢させてしまってごめんね」


 僕が微笑むとアラニャは目を見開いたあとで、僕の胸に顔を押し付けながら泣いた。


 僕はしばらくの間、声を出して泣いているアラニャの小さい背中をそっとなでた。

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