第53話 改める心

 リーダーの男は、固唾を飲んでこちらを見上げている。


「なにやってんだ、もしかしてこのまま見殺しにするんじゃないよな? 仲間だろ? 同じ人族じゃねぇか?」

「同じ人族だけど、仲間ではないでしょ? さっきまで生意気なガキは殺すって言ってなかったけ?」

「あんなの冗談に決まってるだろ? 俺達は……」

「俺達は?」


 男はウロボロスに進化して人族に近い姿をしたナーガさん達を見て固まった。男は僕に視線を戻す。


「お前だって魔獣を狩るだろうが、どこが俺達と違うんだよ」

「確かに根本的なところは変わらないね。だけど、僕は話せる相手とは話をするし、仲良くして来ようとしたり、危害を加えてこない相手とは仲良くもする。あんたみたいに自分の欲のために無抵抗な相手を傷付けたりはしない」

「うるせぇ、ガキが知ったような口を聞くな! 騙されたらどうする? 無抵抗を装って、仲良くしようと装って、危害は加えないと装って来るかも」


 男はそこで顔を歪めて「クククッ」と笑い出した。


「なるほど、口先でなんと言っても信用できないと、俺に言わせたのか?」


 諦めた男が項垂れた後で、周りの冒険者達が懇願したり、叫び出したり、泣き出したりした。


「どうするの? アル兄ちゃん?」


 コタロウが心配そうに、こちらを伺ったので、僕はコタロウを見ながら「助けよう」と笑う。それにカルラが「だけど、アル様。あの人は反省して改心するタイプではないと思うっすよ」と言った。


 確かに名誉とお金の為に無抵抗な魔獣を殺して、人族に近い姿の者達をひどい目にあう事も分かった上で売り飛ばして来たのだ。


 正直言って自業自得だと思うよ。


「狩りをして良いのは、狩られる覚悟のある奴だけっす」

「そうだね。確かにカルラの言う通りだと思う。だけとさ、ここで助けられるのに、見殺しにしてしまって後で後悔しないかな?」

「アル様……」

「やっぱり街に連れて行って兵士に突き出そう。あの人達を突き出して、きちんと説明してサーペントさん達の事を分かってもらおう」

「アル様はどうしてそんなに信じられるんですか?」


 ギュッと自分の服を握るカルラは真っ直ぐに僕を見ていた。


「あたしの時もそうだったっす。アル様は裏切られる事は怖くないんっすか?」

「うん、僕には難しい事は分からない。だから、約束だけして後は信じるしか僕には出来ないんだ。それにさ、信じなかった事で後悔するより、信じて後悔したいんだ」


 カルラは涙目になりながら「アル様は本当に馬鹿っすね」と笑った。


 うん、分かっている。それに、ここであの男を許すのは違うかもしれないね。


 僕はアラニャを見た。


「アラニャ、あの人達を糸で絡め取って吊し上げる事って出来る?」

「出来ますよ、アル様」

「じゃあ、とりあえず僕らをかばってくれた人達から頼んで良い?」

「分かりました」


 アラニャが冒険者達の上に糸を何本も張って、そこに糸でグルグル巻にして顔だけ出した冒険者達を釣り上げた。


 アラニャは端からどんどんと釣り上げて、残りは『ファイアウォール』を使っている者達になった。


「まずは1人ずつ行きます」

「分かった、女性から頼む」


 アラニャの呼びかけに1人の男が答えるので、アラニャは「わかりました」っと言って『ファイアウォール』を使用している女性を釣り上げた。


 他の人達は上手く連携して、その輪を小さくする。


 アラニャは再び降りて行って、また次の術者を釣り上げて、残りは3人。アラニャはその3人に話しかけた。


「お腹だけに糸を巻いて、同時にあげますので少し痛いかも知れませんが暴れない様にお願いします」

「分かりました」

「あぁ、頼みます」

「よろしく頼むよ。嬢ちゃん」


 3人が頷くとアラニャは3人のお腹に何重か糸を巻き付けて、一気に引き上げた。全ての人達が吊し上げられると、先程まで冒険者達がいた場所は、ビックアントに埋め尽くされる。


 黒いビックアントがギリギリとカタカタと音を出してひしめき合っているのは、やっぱり気持ち悪い。アラニャが3人もグルグル巻にして、固定してからこちらに来た。


「アル様、終わりました」

「うん、アラニャ、ありがとう」


 僕が微笑むと嬉しそうに俯くので、その頭をなでた。


「おい、次は俺達だろ? 早くしろ!」


 男が両手を上げたが、僕は気にしないで見下ろした。黙ってしばらく見ていると男は「おい、無視してんじゃねぇ」と手足をブンブンして暴れている。


 そこで、アラニャが「助ける訳ない!」と叫んだ。


「あなたが他所からマンティスを連れてきたせいで、私の仲間は何人も死にました。それに改める心を持たないあなたは、きっとまた私の仲間を傷つける」


 アラニャの言葉に男は「クソがぁ」と暴れたが、僕達が包囲されていた時に1番先に殴ったあのガタイの良い冒険者に押さえつけられた。


「坊ちゃん、俺達の事は良いから俺達に従うしかなかった若い奴らは助けてくれないか?」


 ガタイの良い人は男を押さえつけたままで、こちらを見上げて頭を下げた。


 だけど僕がその様子を黙って見ていた。するとアラニャが「アル様」と声をかけて来たので、僕はアラニャを見て微笑む。


「アラニャが正しいよ。あの人のせいで多くのスパイダーさん達は死んで、しかも改める心を持たないあの人はきっとまた同じ事を繰り返す」

「でも……」

「大丈夫さ、罪は僕が背負うよ。それがみんなの主人である僕の役目なんだと思う。同族殺しの罪を背負う事になったとしても、みんなの事は僕が守るから」


 僕は俯いたアラニャの顔を覗き込んだ。


「僕が間違えるところだったんだよ、止めてくれて、ありがとう、アラニャ。だから、アラニャがそんな顔しなくて良いんだよ」

「ずるいです。そんなの」


 僕は少し泣いたアラニャの肩を抱き寄せると、アラニャは小さくなって「許してあげて下さい」と言った。


 僕が「良いの?」って聞くと、アラニャが「良いです」と頷く、僕は「アラニャ、ありがとう」とギュッとした後でアラニャを見た。


「アラニャ、頼める?」

「はい、アル様」


 僕の頼みにアラニャは良い笑顔で首肯した。

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