第45話 マルタの現状

 マルタの街は規模的にはサマルの街より大きい。


 門から伸びる大通りも道幅が広いのに、歩いている人も、立ち話をする人も今は1人もいないから、余計に寂しく感じる。


 ここまで人がいないとなんか怖いね


 僕達はとりあえず話を聞く為に、門の兵士さんが教えてくれたギルドにやって来た。


 ギルド中に入ると冒険者ギルドのカウンターに男の人が1人いるだけで、他は誰もいない。


 サマルの街では無駄に冒険者達がたむろしていたテーブルや掲示板の前にも冒険者らしき人すら居ないのは、なんとも言えない気持ちになる。


「なんか気持ち悪いぐらいに人がいないね」


 僕の気持ちを代弁したコタロウの言葉に「そうだね」と頷いて、僕達は冒険者ギルドのカウンターまで来た。僕らに気づいたお兄さんが小さく頭を下げる。


「いらっしゃい、どんな用件?」


 お兄さんはニコリと微笑んだけど、その顔には力がなく疲れている様子が見てとれた。


「門の兵士さんにマルタの街は苦境に立たされていると聞いたのですが、どの様な事になっているのですか?」


 僕の質問にお兄さんはため息を吐いて一度目を瞑る。


「近くの森から大きなサーペントが定期的に来て、飼育しているカウマルタを食べて行くようになってから、マルタの街は慢性的な食糧難なんだ」

「えっと、草原には、まだ沢山のカウマルタが居たと思いますけど?」

「この街付きの貴族がカウマルタが居なくなれば次は我らが食べられると言い出して、カウマルタを食べる事を禁止したんだ」


 でもさ、狩りに行けば良いんじゃないの? 森に大量に居たもんね。


「しかも周りの森もマンティスやビックアントが異常に増えたせいで、ホーンボアやファングラビットも取れなくなってしまってね」

「やっぱりマンティスやビックアントの肉は食べられないのですか?」

「あぁ、食べられないよ。体内で毒を処理できる魔獣なら別だけどね」


 やっぱり食べられないのか、周りにものすごい数居るのにもったいないね。


「だから冒険者も住民の一部もこの街を出て行った。もうこの街は終わりだよ。出来る事なら君達もすぐに立ち去った方が良いと思うよ」

「そうですか、お兄さんは逃げ出さないのですか?」

「私はこれでも冒険者ギルドのマスターだからね。最後まで逃げ出す訳にはいかないよ。領主様にこの地を任せられているんだ」

「なるほど、それで商業ギルドの職員の方は?」

「残念ながらみんな逃げた」


 お兄さんは苦々しく顔を歪ませた。


 そっか、でもさ、食料もない、打開策もないんじゃ逃げるのも仕方ないよね?


 僕が頷いていると隣で話を聞いていたコタロウが首を傾げた。


「事情は分かったけど、なぜ領主様にサーペントの討伐を願い出ないの?」


 コタロウの質問にお兄さんは悔しそうに顔をゆがめた。


「大きな声では言えないけど、この街付きの貴族に止められているんだ。きっと自分の面目の為だろうけど、愚かとしか言いようがないよ」


 そこでお兄さんは1度ためらってから続けた。


「しかも『サーペント様の怒りを鎮める』とか訳の分からない事を言って、お金で丸め込んだ貧しい家の少女達をサーペントの生贄に捧げているらしい」

「「えっ?」」


 驚いた僕達にお兄さんは「意味わからないよな」と小さく頷く。


「その貴族は何やっているの? サーペントはきっと怒りでカウマルタを食べに来ている訳じゃないよね?」


 そう言ってコタロウが怒ると、お兄さんは「坊主の言う通りだ」と眉を寄せた。


「でも他の街に逃げた人が領主様に願い出てくれるんじゃないの?」

「どうだろうな。逃げた奴らが逃げた先でわざわざ貴族に楯突いてまで、この街の現状を伝えてくれるかどうかは分からない」

「騒ぎが収まった後でこの街に戻る事も考えたら、街付きの貴族ににらまれる様な真似はしないって事?」


 コタロウの質問にお兄さんは「俺はそう思う」と頷く。


「自分はもう安全な場所にいるんだ。誰かが動く事は期待するけど、自分は動かないのが人だよ」


 お兄さんは諦め気味な顔で首を横に振った。


 まあ、無理なら仕方ないよね。他の人に期待するより僕達は僕達の出来る事をしよう。


「貴族の他に住民の代表者はいますか?」

「あぁ、街のまとめ役がいるけど」

「そうですか。とりあえずの当面の食料を分けますので、その方を呼んで頂けますか?」


 僕の言葉を理解できないとお兄さんは眉間にシワを寄せた後で、目を見開いた。


「食料を分けてくれるのか?」

「はい、とりあえずの分ぐらいはあると思います」

「だけど、なんだって、通りがかっただけの君がそんな事をしてくれるんだ?」


 お兄さんが首を傾げるので、コタロウが頷く。


「アル兄ちゃんは王都の商家のお節介な坊ちゃんで、王国内を漫遊する旅をしてます。なにせお節介なので、困っている人を放っておけないのです」

「おい、それで納得する人がいるのか?」


 お兄さんが苦笑いを浮かべると、今度はコタロウが首を傾げた。


「住人はみんな食べる物がなくて困っているのですよね?」

「あぁ、困っている」

「お兄さんの独断でアル兄ちゃんの提案を突っぱねて大丈夫ですか?」


 お兄さんは目を見開くと「そうだな」と呟いた。


「すまない。俺は冒険者ギルドのギルドマスターのオリバ。すぐに街のまとめ役を呼んでくる」


 オリバさんは頭を下げてそう言うとすぐに飛び出して行った。そして、すぐに連れて来られたおじさんは、困惑気味に僕を見た。


「私はこの街のまとめ役でトマスと申します。食料を分けて頂けると聞いたのですが、本当ですか?」

「はい、トマスさん、食材をお渡しします。どちらに出したら良いですか?」


 僕は首を傾げながら、マジックバックを揺すって見せた。それを見たトマスさんが「作業台にお願いします」と小さく頷くので、僕は作業台にホーンボアの肉と野菜とパンを出す。


 とりあえず、これぐらいあれば足りるかな?


 僕のマジックバックにまだまだ肉も野菜もパンもたくさん入っているのでこれぐらいは全く問題ない。もう少し出そうかとトマスさんを見たらトマスさんが伺うような顔でこちらを見た。


「本当に、こんなに頂いてもよろしいのですか?」

「構いませんよ」


 僕が微笑むとトマスさんとオリバさんが少し呆けた後で泣きだした。


 僕らが黙ってしばらく待っていると、落ち着いたようで、食材をオリバさんが用意したマジックバックにしまいながら2人は僕らに対して何度も「ありがとうございます」と頭を下げた。


「きちんと街の人で分けて食べてよ。後で不正が分かったらタダでは済まないからね」


 コタロウがそう言うと「分かりました。街の者で必ず分けて食べます」とトマスさんは再び深々と頭を下げた。


「それでオリバさん、サーペントの情報を頂けますか? 倒せば、カウマルタが食べられるのでとりあえず、食料問題は解決ですよね?」

「倒せるのですか?」

「うーん、やってみないと分からないですけど、とりあえず行ってみます」


 僕が微笑むと、トマスさんとオリバさんは呆れた顔をした。


 そして、オリバさんから情報をもらった後で、僕達はサーペントの討伐に向かった。

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