第42話 鍛治師の業物

 僕はまだ魔力と格闘していた。


 だいぶ慣れて来て話も普通に出来る様になったが、油断すると魔力が溢れ出しそうになる。それをなんとかおさえ込んでいた。


「うーん、やっぱりおさえ込んでいる魔力量が多いからアル様はもうしばらくかかりそうですね。他のみんなは合格かな」


 ナタクさんは僕らの様子を確認してそう言った。


 その言葉にコタロウが嬉しそうな顔をしたので、すかさずナタクさんが「だけどしばらくは体を馴染ませてから次に行ってね。無理すると良くないから」と釘を刺す。


 なんとも残念そうなコタロウの頭を、シュテンさんがなでた。


「アル様、我らは1度村に戻ります。ナタクさんに教わった事を他の仲間たちにも教えたいし、ガジル達もイザベラ様に頼まれた貴族向けの髪飾りの試作をしたい様なので」

「そうですか。シュテンさん達だけで大丈夫ですか?」


 僕が首を傾げると、シュテンさんは「大丈夫です」と力強く頷いて、ナタクさんが笑った。


「アル様はいずれ次の街に行くのでしょう? いつまでもそれではいけませんよ」

「だけど、この前みたいに馬鹿な冒険者に絡まれたらと思ったら心配になりますよ」

「大丈夫ですよ。あの程度の輩にシュテンさんもアズミさんも遅れはとらない。奴らは所詮、あふれた魔力も感じる事の出来ない、世界の3割には程遠い者共です」


 ナタクさんがシュテンさん達を見た。


「シュテンさん達は元ゴブリンなのに、その境界線を踏み越えた。しかも今回の魔力をおさえ込む修行でさらに強くなってます。大丈夫ですよ」

「そうですね。ありがとうございます。ナタクさん」


 そして「気をつけて帰って下さいね」と言う僕の言葉に頷いて、シュテンさん達は村に帰って行った。コタロウだけ付き添いに残り、ブランもカルラも付いて行ったのでなんだか寂しい。


 なんか数ヶ月前までいつも1人だったのに、すっかり大勢でいるのに慣れてしまって少数でいるのを寂しいと感じる様になってしまった。


 贅沢なものだね。


 シュテンさん達の後ろ姿を見ながらそんな事を思っていたけど、コタロウと一緒に館の中に戻る。


 使用人の女性にお茶を入れてもらい。イザベラ様とお茶をしているとナタクさんが「アル様はどんな武器を使っているのですか?」と聞いて来たので「ナイフですよ」と答えた。


 イザベラ様に断りを入れてから、僕はマジックバックからバッシュさんにあの日森の中でもらった愛用のナイフを取り出して、ナタクさんに渡した。


「なるほど、とても良いナイフですね。鋼ですか、使い込まれているし素晴らしいのですが、そろそろこちらは別の事に使う物にして、戦闘用のナイフを用意された方が良いですね」


 ナタクさんは頷きながらそう言ってナイフを返してくれると「そこまで使い込んだナイフが折れたり欠けたり溶けたりしたら嫌ですからね」と笑った。


 なるほど、そうだね。なんだかんだで愛着もある。確かに戦いに使っていて、折れたりしたら悲しい。


「アル様は雷をまとうので、タングステンと言う金属を使ったナイフが良いでしょう。こちらの金属は重いのですがとても硬く、さらに熱に強く電気を通しやすいので、アル様が使うのに向いていると思います。大抵は軽量化と鋭化の魔法が付与されていますし、サビにも強いので、おすすめです」

「ありがとうございます、今度探してみます」


 と僕は言ったのになぜか数日後、僕の目の前のテーブルに黒いナイフが置かれた。


「この前ナタクが話してたから、ちょっと我が家に出入りしている商人のコルバスに聞いて見たら、良さそうなのが見つかったから買っちゃった。アルフレッドが使うと聞いて、目の色を変えたコルバスが張り切って探したのよ。アルフレッド、使ってね」


 イザベラ様が笑っているが、明らかに高価そうだし、シンプルなのに存在感がある。


「イザベラ様、これはかなりお高いのではないですか?」

「うん? そんなに高くないわよ。デザインとか入ってない実用的な物で一般的に売られている物だから、オーダーメイドでその人の手に合わせていたり、細かい細工がされていたり、特殊な魔法が付与されていたりする物に比べたら安いわよ。それにタングステン自体希少価値も高くないわ」


 イザベラ様がケロッとしてそう言うので、僕は「失礼します」と断りを入れてから、ナイフを鞘から抜いた。


 その瞬間に空気が張るのが分かる。そして、少し光に照らされた黒い刀身が落ち着いた輝きを返して来た。


 これ絶対に高い。


 僕が苦笑いでイザベラ様を見たら「ホホホッ」と誤魔化し笑いをした。


「アル様、これは奥様からの髪飾りのお礼ですから、受け取って下さい」


 ナタクさんがそう言うので僕は頷いて、イザベラ様に「ありがとうございます。大事にします」と頭を下げた。


「僕に物の良し悪しは分かりませんが、これは明らかに良い物だと分かります。作った鍛治師さんはどんな方なのですか?」

「王都で鍛治師をしている者なのですが、まだ若いのに、なかなかの腕をしていますよ。鍛治のフネヤ派と呼ばれる一派の当代最後の弟子と呼ばれています」

「最後の弟子?」

「はい、それまで広く弟子を取っていたのに、その方が弟子入りしたらピタッと弟子を取るのをやめて、フナヤ派の当代が、その弟子と競う様に剣を作り始めたらしいのです。無名と呼ばれる名を入れていない名剣がたくさん生まれたとか」

「今はやっていないのですか?」

「はい、弟子が独り立ちしてからは、本当に気に入った相手にしか剣を打たなくなり、今ではほとんど打っていないそうです」


 たくさん弟子を取ったって言ってたし、きっと歳だろうから引退したのかな?


 僕が微妙な顔をしていたのか、ナタクさんが「プフッ」と吹き出して笑う。


「ちなみに引退する様な歳ではないですよ。師匠はまだ40代です」

「まだおじさんですね」


 僕がポツリと言うと、イザベラ様がとても良い笑顔で「40代などまだまだひよっこよ。私もまだお姉さんでしょ?」と首を傾げる。


 ナタクさんが真顔ですぐに「そうですね、奥様」と言うので、僕も真剣な顔を作って「そうです」と頷いておいた。


 だけどさ、イザベラ様の後ろに控えていた使用人の女性が驚いた顔をしてこっちを見ている。でも今すぐその顔はやめて! ナタクさんからかすかに魔力がもれているよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る