第41話 気配の消し方

 僕が「うーむ」と首を傾げている横でコタロウは「なるほど」とか「そういう事ですね」とか言って頷く。


 そして、しばらく経つと、コタロウの気配が希薄になった。


「おぉ、コタロウは覚えが早いな。それだよ、それ」


 ナタクさんが嬉しそうに笑ってコタロウの頭をなでると、カルラもブランも気配を消した。


 うーん、分かってたけど、みんなすごいね。


「アル様は何処が分からないのですか?」

「えっと、全部分かりません」


 僕が首を傾げると、イザベラ様が呆れ顔になり、コタロウとカルラとブランは申し訳なさそうな顔をした。


 そうだよね。ごめんね。


 だけど、なぜかナタクさんは嬉しそうだ。


「なるほど、アル様はかなりの感覚派なのですね。つまりはやり方はほとんど理解せずに身体強化も使っているのですか?」

「はい、難しい事はよく分かりません」


 ナタクさんは、今日1番嬉しそうにニヤァと笑って、何度も、何度も頷いた。


「良いですよ、アル様。そのタイプが1番化けますから本当に楽しみです。アル様が良ければ折を見てその都度、私がいろいろお教えしましょうか?」

「良いんですか?」

「良いですよ。その代わりと言っては難ですが、アル様が強くなったら私と手合わせをお願いします。どうですか?」


 ナタクさんの提案に僕が「はい」と返事をしようとしたら、慌ててイザベラ様とコタロウが止めに入る。


「アルフレッド、あんた、分かっているの? それは悪魔との契約よ。悪魔に魂を売る行為。確かにナタクにときどき教えてもらえばあんたは強くなるでしょう。だけど、結果的に待っているのは地獄よ」

「アル兄ちゃん、大丈夫? 相手はナタクさんだよ? ドラゴンと手合わせとか死ぬよ。たぶん」

「イザベラ様、分かっています。それにコタロウ、大丈夫だよ。ナタクさんは自分が楽しみたいんだから、僕を殺さない様に鍛えてくれるさ」


 イザベラ様は「ハァ」と息を吐いて「これだから脳筋タイプは理解できないのよ」と言って、コタロウは首を横に振りながら「なんで兄ちゃんは会ったばかりの人をそこまで信じられるの?」と呟いたが、ナタクさんは一層嬉しそうに微笑んだ。


 その後もみんなは止めたけど、僕とナタクさんは互いに笑顔でガッチリと握手を交わす。


 だってさ、世界最強の生物に鍛えてもらえるんだよ。それだけでワクワクするよね?


「アル様、今から私がアル様の中心に魔力をおさえ込むので、その感覚を覚えて下さい」

「はい、よろしくお願いします」


 僕が言った瞬間に体の全ての毛が逆立った。


 ナタクさんが圧倒的な存在感で僕を包み込む。もちろんコタロウもブランもカルラも駆け寄って来ようとしたけど、僕はそれを左手を上げて静止した。


「私に対しても主人を守る行動が取れるなんて、やっぱり君達は最高だよ。だけど3人とも大丈夫だから大人しくしててくれる? アル様は今声出すのも辛いと思うよ」


 ナタクさんが笑うけど、その通りで今は声を上げるのも体を少し動かすのも辛い。


「でもさすがはアル様、私に手を握られて威圧されているのに気絶しないでよく耐えたし、まさか手を上げて従者を制する事が出来るなんて、本当にすごいですよ」


 ナタクさんが褒めてくれたので、僕はなんとか笑って見せる。そしたらナタクさんは「クククッ」笑って「しかも笑って見せますか?」と嬉しそうに言った。


「では少しずつ緩めて行くので、ご自分でおさえ込んでみて下さい」


 ナタクさんの言葉になんとか頷き返すと、ナタクさんは少しずつ、威圧を緩めて行く。


 その度に僕の中の魔力は暴れ出して元の大きさに戻ろうとするが、僕はギュッとそれをおさえ込んだ。体の中心で魔力が暴れ回っている。


「それではアル様は、これから1週間、今の状態でおさえ込んでこれに慣れて下さい。もちろん寝ている間もですが大丈夫です。あふれてしまったら私がまたおさえ込みますし、そのうちにおさえ込んでいるのが当たり前になりますよ」


 その言葉に僕がなんとか頷き返すと、コタロウがナタクさんに聞く。


「アル兄ちゃんは、なんであんなに苦しそうなんですか?」

「それはもちろんコタロウとは、やり方が違うからだよ。コタロウは魔法をイメージで捉えているだろ?」

「はい」

「アル様はイメージではなく感覚で捉えているんだ。例えばコタロウは魔法を水みたいにイメージしているとする。それを具体的な形として捉えているだろ? でもアル様は感覚で捉えているんだ。だから具体的な形がない」

「それって……」

「そうなんだよ。コタロウは流石に理解が早いな。今アル様は自分の感覚の届く範囲の魔力を全ておさえ込んでいる。だから辛いんだ。だけど」

「感覚が届く範囲だからとんでもない魔力量って事ですか?」

「そうだ。しかも、感覚が鋭くなる度におさえ込めるその魔力量はどんどん増えていく。鍛え続ければ、20年か、30年後には我ら竜族並みになるかも知れないよ」

「そんな……」


 コタロウが落ち込む様に肩を落とすと、ナタクさんは笑う。


「落ち込む事はないよ。コタロウにはアル様とは違うやり方でおさえ込める量を増やす方法をこれから教えてあげるから」

「本当ですか?」

「あぁ、本当だよ。私はコタロウやブラン、カルラにも期待しているからね」


 コタロウは嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と頭を下げた。それにナタクさんは頷く。


「では、まずは魔力をどんな形としてイメージして押し込んだんだい?」

「魔力をすごく小さな箱に押し込む様に入れました」

「よし、ではまずその箱の大きさが変わったり伸びたりしない、しっかりしていてものすごく硬い箱をイメージしてくれるかい?」


 コタロウはイメージしながら「はい」と頷く。


「そしたら、先程の魔力は箱に入れたままで、同じ大きさの箱をイメージしてそこに同じ量の魔力を押し込んでくれる?」

「入れたままですか?」

「そうだよ」


 ナタクさんは頷くが、コタロウは渋い顔になった。ナタクさんが「コタロウ、イメージだよ。魔法はイメージだ」と言うとコタロウは頷く。 


 しばらくコタロウが格闘した後で、ナタクさんが「そう、その感じだよ。出来た?」と言うとコタロウが「出来ました」と笑った。


「よし、そしたらもう1つ同じ大きさの箱を用意して、2つの箱を半分に圧縮してそこに押し込んで入れてくれるかい?」


 ナタクさんがそう言うと、コタロウの眉間のシワが深くなる。


「辛いだろ? コタロウもそのまま1週間頑張っておさえ込んで見てね。それで完全におさえられる様になったら箱の大きさは変えずに3箱目に挑戦するんだ。どんどん魔石を食べて体内に貯めておける魔力量を増やしながらこれを繰り返せば、コタロウもどんどん強くなれる」


 険しい顔をしたコタロウがなんとか頷くとナタクさんは「ニカァ」と笑ってから、ブランとカルラを見た。ブランもカルラも同じ様な事をもうやっていたみたいで、みんな辛そうにしている。


 僕らはそれぞれの部屋を与えられてここから1週間、魔力をおさえ込む事になった。僕らが与えられた部屋に入った後で、シュテンさんとアズミさんも同じ事を教わったらしい。


 ガジルさん達は、まだ強さが足りないから出来ないそうだ。残念がっていたらしいけど、何事にも向き不向きがあるからね。


 なので、僕らが引きこもっている間にイザベラ様と銀の髪飾りのデザインなどの話をした様だ。


 状態異常耐性だけではなく、他の付与もイザベラ様は気に入ったらしく、いろいろ展開すると張り切っている。


 そして、僕らが部屋に引きこもってから1週間が経った。

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