第39話 世界の3割

 公爵夫人がブルースを追い込んでいるのを見ながら僕はテッドさんに話しかけた。


「あちらは公爵夫人に任せておけば良いですね」

「そうですね。自分がブルースの立場じゃなくて本当に良かったと思いますよ」


 テッドさんはしみじみとそう言った後で、フィアナさんを見た。


「フィアナ、あれが貴族です。味方には温情も見せるが1度敵にまわれば情けはかけない。でも貴族の世界ではイザベラ様のようにならなければ、なにも守れない」

「分かっているわ、テッド。私、頑張る。それに、あなたも助けてくれるのでしょ?」

「もちろん、先程は私も覚悟を示せなかった。だけどイザベラ様からもう1度機会を頂けましたから、全力を持ってフィアナを支えます」


 そう言ってフィアナさんを見たテッドさんの表情は晴れやかだった。


 そこで僕もみんなを見る。


 フィアナさんとテッドさん、シュテンさんとアズミさん、ガジルさんとグルナさん。


「もう村は大丈夫そうなので、しばらくしたら僕達は次の街に行こうと思います」

「次と言うとマルタの街ですか?」


 僕が「はい、そうです」と頷くとテッドさんは「あそこは酪農を中心にした長閑な街ですから、のんびり出来ると思いますよ」っと微笑んだ。


「酪農ってなんですか?」

「カウマルタと呼ばれる牛型の魔獣を飼育しているんですよ」

「飼育?」

「捕まえた魔獣を囲いに入れておいて、食事を与えて育てるんです」

「人族と魔獣が、一緒に暮らしているのですか!」


 すごい。従者としてではなく街単位で人族と魔獣の共存がすでに行われているのなら嬉しいね。


 僕が微笑むと、テッドさんは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「一緒に暮らしていると言うよりは、食べる為に育てているんですよ」

「なるほど、ファングラビットとかホーンボアとかを捕まえて来て、増やしたり大きくしたりしてから食べているって事ですね」

「そうです」


 なるほど、それはそれですごいんじゃないか? シュテンさんの村で出来ないかな? マルタの街に行ったらよく見てこよう。


「カウマルタは大人しい魔獣なので飼育しやすいそうですよ」

「そうですか、どんな魔獣なのか、今から楽しみです」


 僕らがそんな話をしていると、ブルースはどこからか現れた公爵夫人の執事に連れられて行く。


 えっ? 


 ブランを見るとブランも「クゥーン」と耳を伏せた。


 えっと、ブランもあの人が来たことに気が付かなかったの? 


 僕はもう一度、その執事を見た。


 まとっている雰囲気が普通の人みたいにやけに薄いのに、見ていると少し肌が泡立って落ち着かない。油断してはいけないと、僕の中のなにかが言っている。


 人族に見えるけど違うかもしれないね。


 そして、僕の視線に気がついた男が。こちらを見てニヤリと笑った瞬間に「ゾワゾワ」と鳥肌が立って椅子から飛び上がる。


 すぐにブランとシュテンさん、アズミさん、コタロウが僕と執事の間に立った。だけど、ブランの尻尾は足の間にしまわれているし、シュテンさんもアズミさんもコタロウも小刻みに足が震えている。


「どうしたんだ? シュテン」

「ガジル、グルナとフィアナさん達と少し下がっていてくれ!」


 シュテンさんにそう言われて、僕達の異変を感じたフィアナさんに招かれて、座っていた4人は立ち上がり商業ギルドのカウンターの中に入った。


 そこで僕は身体強化の魔力を最大にした「バチッ」と弾けた後で「ジリジリ」と言う音が収まると空気が「ピン」と張る。


 執事が1度目を見開いて、笑みを深めた。


 圧倒的な強者の余裕、まとう気配をギュッと高めて来て、濃厚な空気が僕達にねっとりとまとわりつく。執事の隣に居てその気配に気付いたブルースがしゃがみ込むと「ブルブル」と震え出した。


「ナタク、悪ふざけはやめなさい」


 公爵夫人がナタクと呼ばれた執事の頭を「パン」と叩くと、その気配は再び薄くなった。


「イザベラ様、あんな子供は久々に見ましたよ。消していた私の気配に気が付くなんて、あの年でこちら側にもう足を踏み入れているのですよ。それに従者達も面白い。元はウルフにゴブリンなんですよね? その者達が世界の3割に足を入れているなんて」


 そこで執事が振り返る。


「あのエレメントバードなんて、気配を消して回り込んでいますよ」


 そこで「クククッ」と笑い出した。


「面白い、本当に面白い者達だ。後で話がしたいです」


 ナタクさんが嬉しそうに笑うと、公爵夫人は呆れた顔になった。


「あんたが悪ふざけしなければ、きっと話も出来たでしょうね。だけどもう無理じゃないかしら?」

「ですが、気配の消し方も知らないままでは、この先危険ですよ。自分は無知だと言って回れば、そう言うのを潰すのが大好きな奴らに潰されますから、後で私が教えて差し上げないと」

「潰すのが大好きな奴らって、例えばあんたみたいな?」

「人聞きが悪い事を言わないで下さい。私はああ言う子をしっかりと育てて強くしてから少し潰すのが好きなんですよ。だって歯応えがないと、つまらないじゃないですか?」


 公爵夫人が「どっちにしても潰すのね」と息を吐くと「男の子は叩かれて強くなるのです。軽く潰した後でまた強くなって帰って来るから面白いのですよ。それなのにろくに育てもしないで、すぐにぺシャンと潰してしまう奴らの気が知れないですよ」とナタクさんがドヤ顔する。


「アルフレッド、後でナタクが気配の消し方を教えてくれるそうだから覚えておきなさい。この先、そのままだと変なのに絡まれますから」

「はい、公爵夫人。ナタクさん、よろしくお願いします」


 僕が頭を下げるとナタクさんは「ブルブルッ」と体を震わせてから「アルフレッド様、私にお任せ下さい」と笑った。


 その後でまったく興味がないと言う様にブルースを見下ろして「いつまで座っている、さっさと立て」と言って襟首を掴んで軽々と持ち上げる。


 ブルースを連れて行く前に公爵夫人はもう1度僕を見た。


「それから、アルフレッド、その公爵夫人ってやめてくれない? 私はこれでもあんたの親戚のお姉さんなのよ。イザベラにして」

「分かりました。イザベラ様」


 イザベラ様は僕に頷くと、ナタクさんと共にブルースを連行して行く。入り口からナタクさんの姿が見えなくなると身体中からブァーッと汗が吹き出して、体が脱力した。


 僕は椅子にへたり込む。


 あれが公爵夫人の従者。そして、圧倒的な強者。


 僕は世界の3割に足を踏み入れたと言っていたけど、きっとナタクさんはそのまた上だと思う。2割、もしくは1割。


 僕は少し強くなって、すっかり勘違いしていた。でもまだまだだと気付かされた。


 今日ナタクさんに出会って良かったと思う。出会っていなくて敵対する強者に出会っていたら、きっとなにも気付けないままに死んでいただろうね。


「アル様、申し訳ありません」

「シュテンさん、謝らないで下さい。そして、かばってくれてありがとう」

「しかし……」

「シュテンさん、ナタクさんは逆立ちしても、どんなに足掻いても、今の僕らでは無理ですよ。でも、僕らがまだまだだと分かっただけでも良かった。それに、そのナタクさんが僕達を面白いと褒めてくれたんです。また頑張って一緒に強くなりましょう」


 僕が笑うとシュテンさんは1度苦笑いをした後で「はい」と頷いてくれた。その後で謝るアズミさんにも笑いかけて、コタロウの頭をなでて、ブランをモフモフして、カルラをすごいと褒めた。


 だけどさ、カルラが気配の消し方を知っているならカルラに教われば良いね。って思ったけど、ブランとカルラが「ウォン」と「クァ」で会話を始めたので諦めた。


 うん、何言っているのか、さっぱりだもんね。

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