第38話 それぞれの覚悟
驚く僕に公爵夫人は「驚く事でもないのよ」と言う。
「状態異常耐性や魔獣避けに、魅力を上げる。このような効果は、特殊な魔獣の素材を使わないと十分な効果は得られないとされていたの。輝石の効果は気休め程度、これが今の常識よ。だから例えば、ユニコーンの角、ドラゴンの爪、ローレライの鱗などを使った希少価値が高くて高額な魔術具をみんな身につけているの」
公爵夫人は自分の腕につけている、白いブレスレットをさすった。
「だけどね。デザインが限られるし、決して装飾品として楽しめる物ではない。さらに招待された席で状態異常耐性のブレスレットをしていたり、普段から魅力を高めるネックレスをしていたら良くは思われないわ」
そこで公爵夫人は、テーブルに並べられた銀の髪飾りを見た。
「あれならば、装飾品として楽しんだ上でその効果を得られる。しかも馬鹿がつけると馬鹿にされていた輝石の装飾品を堂々と付けられるのは、私達貴族女性達の希望なのよ」
「でもだとするなら、なぜ輝石を使った銀細工の装飾品が今までなかったのでしょうか? ノームさん達はその効果や呪字、紋様を知っていたんですよね?」
フィアナさんが首を傾げると、公爵夫人が嬉しそうに頷いてテッドを見る。そこまで黙っていたテッドさんが頭を掻いた後で、渋々重い口を開いた。
「フィアナ、既得特権だよ」
「既得特権?」
「なるほど、やっぱりね。あなたはそれを知った上で、アルフレッドやイゴールを巻き込んで、あいつらと喧嘩させようとしたってわけね。テッド!」
「イザベラ様、この世界は間違っていると思いませんか? ノームさん達は姿形で迫害され、素晴らしい技術を持っているのに日陰で暮らして来た。銀細工もミスリルの精錬技術も素晴らしい物のはずなのに、それに対する魔術具協会や錬金術協会、その後ろで甘い汁を吸う一部の商人や貴族達の手によって、押さえつけられて隠されて来たんです」
「そうね。あなたの言いたい事は分かるわ。銀の髪飾りに使われている技術は確かに素晴らしい技術なのに、自分達の利益にならないからと理不尽に踏みつけにされて来たんでしょうね」
公爵夫人がそう言うと、テッドさんは顔をしかめた。
「だけどね、テッド。あなたがそうまで思うならなぜ自らが矢面に立たないの? この世界は間違っているのよね?」
「しかし、貴族でない庶民の私に、なにを変えられると言うのですか? 私が1人叫んだところでどうせ世界は変えられやしない」
テッドが俯くと、公爵夫人は「フフッ」と笑う。
「やってみたの?」
「えっ?」
「それに庶民で変えられないなら、貴族になれば良かったじゃない。あなたには商業ギルドのギルドマスターになって、ノームさん達の技術を使って貴族になると言う道だってあったはずでしょ?」
今度は公爵夫人の顔が歪む。
「私達は状態異常耐性のブレスレットを肌身離さず付けなくては生きていけない。館を一歩出れば、魔物や人に襲われるのではないかと不安で仕方ない。友人との会話でさえ、落ち度がないかと用心しながら、いつでも微笑みをたたえていなくてはならない。私達貴族女性はいつでも恐怖の中で生きているの。あなたは、その世界にフィアナを送り込もうとしているのよ」
公爵夫人がそこまで言うとテッドさんは顔を上げた。その目は見開かれている。
「そうですね。自分の安全を確保して、自分が支えるなんて言葉で私は逃げていたんですね」
公爵夫人はそこでフッと表情を戻した。
「テッド、大丈夫? 貴族の世界に足を踏み入れる覚悟は出来たかしら?」
「はい、イザベラ様。ありがとうございました」
テッドさんは1度微笑むと、深く頭を下げた。公爵夫人はそれを見ながら何度か頷いて、そして、フィアナさんを見る。
「フィアナ、あなたもそんな世界に足を踏み入れようとしているのよ。もちろん、私が心を許せる数少ない仲間として大事に育てるつもり。だけど、だからこそ裏切られたと感じればすぐに切り捨てるわ。そうしないと自分が足を掬われるからね」
公爵夫人がスーッと目を細めた。
「もし、この街もノームさん達も自分が守っていくのだと言う覚悟がないならここまでにしなさい」
フィアナは首を横に軽く振って「イザベラ様、私にも夢があります」と笑った。
「父が成し得なかった。サマルの街を旅の途中にただ寄るだけの街ではなく、人が集まる街にする事。その為にこの銀の髪飾りを商人達や貴族達が買い求めに来るこの街の特産にしたい」
フィアナさんはそこで立ち上がって「だからお願いします。私を貴族にしてください」と頭を下げた。
「そう、分かったわ。それでアルフレッドはどう?」
「うーん、よく分からないですけど、フィアナさんがしたい様にしてあげて下さい。僕はノームさん達やゴブリンさん達が平和に暮らせるならそれで良いです」
何故か公爵夫人が頭を抱える。
「アルフレッド? あんたは分かっているの? この先、あんたはまた注目を集める事になるのよ」
「えっ? なんで僕が注目を集めるのですか? 公爵夫人とフィアナさんが集めるから僕は関係ないですよね?」
公爵夫人は盛大にため息をついた。
「もし本気で言っているなら、事情を知っているブルースを消す必要があるわよ。なるほど、そうね。消えてもらいましょう」
「「えっ?」」
「こちらの安全の邪魔になるなら、どこか遠い街にでも飛ばしてしまえば良いのよ」
公爵夫人はすごく良い笑顔で再び楽しそうに「そうね」と頷いた。
怖い。
その雰囲気に圧倒されて、僕らが呆けていると公爵夫人がすぐに冒険者ギルドのカウンターまで行く。そして「どうなっているの!」と叫んだ。
「私の弟の孫が街道で野盗崩れに襲われたって聞いたけど、その野盗がここの冒険者だったって言うじゃない! どうなっているのよ!」
いきなり怒鳴られて、青ざめた受付のお姉さんがすぐにブルースを呼んで来た。
だけど連れてこられたブルースの顔色は青を通り越して白い。そのままで公爵夫人の対応にあたったけど、もちろん公爵夫人が収まることはない。
それを僕らが見ていたら「あれは辛いですね」とテッドさんが苦笑いを浮かべた。
「どうしてですか?」
「イザベラ様は、初めから潰しに行っているし、発言の内容が残念ながら真実で、これが厄介なんですよ。否定できるならまだ良いですけど、否定できないから収めようがない。平謝りするしかないんです」
テッドさんはブルブルと身震いした。
「テッドさんでも無理ですか?」
「無理ですよ。相手は公爵夫人、もちろん口先で煙に巻くなど出来ないし、本人の意思に関係なく別室に連れて行こうなど出来るわけがない」
そこでテッドさんは「ハァ」と息を吐いた。
「ブルースは器用に立ちまわったつもりだったんでしょうけど、イゴール様を裏切るなんて馬鹿ですね。相手が公爵だったから相手の方に乗っかったのでしょうけど、あちらもイザベラ様が出て来たと知れば、あっという間に小物貴族もブルースの事も切るでしょうから、ブルースは詰みましたね」
テッドさんが呆れ顔になり肩をすくめる。よく分からないけど、お爺様より相手の方が偉いから、こちらを裏切ったって事だよね?
僕達がブルースを見ていると、ブルースもこちらを見た。
だけど、助けるつもりはないよ。信頼を裏切ったのは向こうだからね。それに僕達があの冒険者達より弱ければ、僕達の方がひどい目に遭っていたよね?
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