第37話 銀の髪飾り

 汲み上げポンプの説明を終えると、テッドさんとガジルさんが握手をした。どうやら上手く行ったみたいだね。


 そして、テッドさんに案内された席に着くとガジルさんとグルナさんが銀の髪飾りを出した。


 うん、装飾品にうとい僕にでも分かる。すごく綺麗だ。


 ガジルさんとグルナさんが、それぞれのデザインの説明と、およその効果を説明するとテッドさんは「それはすごい」「そんなに効果が上がるのですか」などと相槌を打ちながら、メモを取っていた。


「アル様、そろそろ頭も冷えたでしょうから、うちのマスターも呼んで良いですか?」


 テッドさんがそう言って伺う様な顔をするので、僕は「はい」と返事をする。


 本来ならみんなで笑いながら髪飾りや素材の話をしていたはずなんだから、いつまでも不機嫌にしていたら悪いからね。


 呼ばれて来たフィアナさんは申し訳なさそうに小さくなって「すみません」と謝ってくれたので「大丈夫ですよ」と笑っておいた。


 その後でグルナさんと髪飾りの事を話をしているうちにフィアナさんにも笑顔が見えたので良かったね。


 髪飾りの話をフィアナさんに任せたテッドさんが「それで、アル様、そちらの鳥の従者は?」と首を傾げる。


「はい、新しい従者でカルラです」

「もしかして、グリュゲルの進化ですか?」

「そうです。それでグリュゲルの親玉は倒して他は従者になったので、もうグリュゲルの件は大丈夫ですよ」


 僕が頷くと、テッドさんは「そうですか」と言いながら頬をヒクヒクさせた。


 フィアナさんとグルナさん達の話の方は、どうやら銀の髪飾りをとりあえず全て持って行って、王女様に選んでもらうって事になったようだ。


 確かにデザイン的にどれが良いとかは、本人しか分からないもんね。せっかくなら気に入った物を使って欲しいから、うん、それが良いと思う。


 それから、王女様に献上した後で、今回のデザインの少し簡単な物を貴族向けに作る事になった。


 そちらでも十分な効果を得られるそうで、フィアナさんがしきりにガジルさんやグルナさんを褒めるたびに、テッドさんもどこか嬉しそうだった。


 さすがテッドさんは、ノームさん達を守って来た一族だよね。


 そんな風にみんなを見ていたら「ずいぶんと珍しい従者ばかり連れておられるわね」と1人のマダムが話しかけて来た。


「えっと、僕は魔獣に詳しくないのでよく分かりませんが、珍しいのですか?」


 僕が首を傾げながらマダムを見ると、マダムはスーッと目を細める。


「珍しいわよ。ハイノームの夫婦に、エレメントバード、そちらはホワイトウルフなのかしら? さらにホワイトゴブリンの夫婦と子供はまるで壁画に描かれたリトルオーガね」


 と言ってマダムは数回頷いてから「私はイザベラ・ヒューズ、あなたは?」と手を差し出して来たので、僕は慌てて立ち上がってその手を取って頭を下げた。


「失礼いたしました。僕はアルフレッドです」

「そう、あなたがイゴールの隠し子だった雷鳴の魔女アンジェの息子ね」

「その話をご存知なのですか?」

「知ってるわよ。今社交界はその噂で持ちきりだし、私はイゴールの友人だからね」

「友人ですか……」


 そこで、テッドさんが慌てた様に「ヒューズ公爵夫人、今日はこの様な場所に足を運んで頂き、ありがとうございます。それで今日はいかがなさいましたか?」と挨拶した。


 なるほど、公爵夫人ね。


「では、僕はまたお伺いしますよ。公爵夫人をお待たせする訳にはいかないですから、みんな行こう」


 僕がそう言ってみんなを促すと、公爵夫人がテッドを睨みつける。


「アルフレッドと話がしたかったのに、テッドが余計な気をまわすから逃げられちゃうじゃない。テッド、誤解を解いて、私があの小物貴族とかを助けているクズ公爵と同じだと思われるのは心外だわ」

「イザベラ様……」

「分かりました。逃げませんので、テッドさんを虐めないであげて下さい」


 僕が苦笑うと公爵夫人は素敵な笑顔を見せた。


 うん、正直怖い。


「アルフレッド、あの銀の髪飾りはどうするの?」

「銀の髪飾りはこちらのギルドマスター、フィアナさんから王女様に献上するつもりです」

「なるほどね、それでフィアナを男爵にして、この街付きの貴族にするつもりなのね?」


 僕は「はい」と首肯した。


「じゃあ、銀の髪飾りは私に頂戴」


 公爵夫人がニコリと笑い僕を見る。もちろん、僕の答えは「はい、ヒューズ公爵夫人」それしかないので、そう言って頭を下げた。


「なるほど、逆らわない方が良いって判断かしら?」

「もちろんです」

「それは私の考えも分かっているって事?」

「分かりません」


 公爵夫人は「潔いわね」と呟いて「フフフッ」と笑った。


「私から王女様に献上して、代わりに髪飾りを私の為に用意してくれたフィアナを私が男爵にする。もちろん、私が後ろ盾にもなるわ。だから、これの簡単な作りの物を貴族達に販売する際、私に任せて欲しいのよ。だけどお金なんて私は要らないから売り上げは全てあなた達にあげる」

「すみません、難しい事は分かりませんが、公爵夫人の頼みを断るわけないですよ」


 僕がニッコリと笑うと公爵夫人は少し苦笑いをして、フィアナさんを見た。


「フィアナ、あなたにとって損はないはずよ」

「つまり、イザベラ様は名誉だけを得て、私は爵位と権力の傘とお金を得ると言う事ですか?」

「そうよ、フィアナ」

「私が得をし過ぎではありませんか?」

「何を言っているの? 成人の儀で王女様にご愛用品として選んでもらえる誉れ、しかも貴族達もこぞって欲しがる物を社交界に紹介するのだもの、これ以上の名誉な事はないわ。それにこれほどの名誉だと普通はお金を積んでも買えないのよ」


 公爵夫人が嬉しそうに笑っているので、僕は首を傾げた。


「ヒューズ公爵夫人はお爺様に頼まれて来たのですね?」


 僕の発言にフィアナさんは「えっ?」と驚いたけど、テッドさんはなんとも言えない顔をしている。


「どうしてそう思うの?」

「ヒューズ公爵夫人が銀の髪飾りの効果や価値を知っていた事。それにタイミングが良すぎます。公爵夫人が僕達が髪飾りを持って来た日にたまたまこの街にいて、しかも護衛も付けずにたまたまギルドに来るなんてあり得ないですよ」

「なるほど、それがイゴールの言っていた野生の勘かしら?」


 公爵夫人は首を傾げて、再び「フフッ」と笑う。


「そうよ、イゴールに頼まれて来たの。どこぞのバカ公爵がこの街で悪さをした小物貴族を助けた件で、どうやらイゴールはその公爵が何かに感づいたと思ったみたいなの。もちろん、何かってのは」

「何ですか?」

「あなたよ、アルフレッド」

「僕ですか?」

「そうよ、イゴールの隠し子だった、あの雷鳴の魔女の子供で、烈火の魔術師バッシュが鍛えて、従者はレアなホワイトウルフ、嫌でも目につくわ」


 公爵夫人は優しく笑った。


「私はイゴールの守りたい者を守りに来たの」

「なぜお爺様の為にそこまでするのですか?」

「イゴールが私の弟だからよ。だけど誤解しないでね。もちろん、私に得がないなら来ないわ。その髪飾りはそれほどの価値があるの。私がこの街で、ただアルフレッドが来るのを5日も待てるほどにわね」


 いつ来るのか分からない僕を髪飾りの為だけに待っていたの?

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