第36話 3度、サマルへ

 ガジルさんの井戸の汲み上げポンプの試作が出来たので、僕らは再びサマルの街に向かったのだけど、森の中の街道を歩いている時にその人達に会った。


 男の人が「この前はやってくれたな」と言いながら僕の前に立ちはだかる。


 えっと?


「なんの話ですか?」

「おい、セルゲイ様だ。忘れたとか言わないよな?」

「いえ、知りませんけど……」


 僕が首を傾げるとコタロウが「コユキをよこせとか言って来た小物貴族」と耳打ちして来た。


 あぁ、居たね、そんな人。


「えっと、なにか御用ですか?」

「あぁ、この状況を見れば、分かるだろ?」


 とセルゲイは両手を広げた後で、僕に指を突き付けたが、僕は意味が分からないので「すみません、分からないんですけど?」と首を傾げた。


 セルゲイが「これだから馬鹿は嫌なんだ」と地団駄を踏む。


 セルゲイの後ろにいた強面の冒険者風の人達が、ヘラヘラしながらアズミさんやグルナさんを見て、そのうちの1人の男が「今回はお爺様の助けはないぜ。なにせサマルの街から離れているからな」とニヤリと笑った。


「あの、なにが言いたいんですか?」

「分からねえ、坊ちゃんだな。この前の事を許して欲しいなら、セルゲイ様に許しを乞いながら靴を舐めて、そこの女従者は置いて行けって言ってんだよ」


 と冒険者風の男が言ったので、とりあえず殴っておいた。


 その男が後ろに飛ぶと、周りにいた男達が「へっ?」と声を上げる。そして、伸びた男を見下ろした後で、こちらを見た。


 僕が「みんな、死なない程度に懲らしめて良いよ」と言うと、みんなは素早く動いて、セルゲイも含めて全員をボコった。


 なんか「俺は付き合っただけとか」「俺はやめておこうって言ったんだ」とか冒険者風の人達が言っていたけど、意味わかんないよね?


 そして、泣きながら地面でのたうち回っていたセルゲイが僕を見上げた。


「お前、こんな事して……」


 そこで、アズミさんがセルゲイの頭をポコンと叩く。


「すみませんでした」


 僕がそれを見てため息を吐き出すと、冒険者風の男をのしていたシュテンさんが「アル様、こいつらはどうするつもりですか?」と声を掛けてくる。


「うーん、街に持って行っても貴族だからあんまり罪に問われないとかありますか?」

「そうですね。人族の決まりは分かりませんけど、この前セバスさんが突き出したのにそいつはここに居ますからね」


 シュテンさんがそう言うので「うーん」と考えたが、もちろん僕には分からない。なので。


「時間の無駄だから、その辺の木に縛り付けておきますか?」


 僕がニッコリ笑うとシュテンさんが「そうですね、そうすれば少しは反省するかもしれませんね」と言ったが、ガジルさんが「反省する前にファングラビットとホーンボアあたりが処理しますよ」と呟いた。


 それを聞いた冒険者の1人が「ヒッ」と言いながら逃げ出そうとしたので、降りて来たカルラがそれを押さえつける。


「もうしませんので許してください」


 セルゲイがそう言って泣くので、仕方がないから街に連れて行って、門のところで兵士に引き渡した。


「街道でこの人達に襲われました」


 僕らがセルゲイ達を引き渡すと「えっと?」と門にいた兵士がとまどう。キョロキョロとしている門番にシュテンさんが説明をした。だけど、門番が眉を寄せる。


「それは明確な言葉で脅されたと言う事ですか?」

「この前の事を許して欲しいなら、セルゲイ様に許しを乞いながら靴を舐めて、そこの女従者は置いて行けって言われたのですが」


 シュテンさんがそう言うと兵士は顔をしかめてから「なんて馬鹿な事を言うんだ」と頭を掻いた。


「では、こちらでお預かりしますね」


 兵士がにこやかに笑った瞬間に、今度はガジルさんが眉を寄せた。


「とりあえず預かって釈放するつもりかよ」

「「えっ?」」


 兵士を含めた全員が驚いてガジルさんを見ると、ガジルさんは「フン」と鼻を鳴らした。


「アル様、こいつ、真面目に働く気なんてないですよ。めんどくさい事を押し付けられたと思ってやがる」

「しっ、失礼な事言うな!」


 兵士が怒鳴ると、門の脇の詰所から兵士がぞろぞろと出てきた。


 この前の騒ぎの時は出てこなかったのに、今回はずいぶんとすんなり出て来たね。


 そう思って見ていたら出てきた兵士に取り囲まれた。


 僕が「えっと?」と首を傾げると、僕らと話していた兵士が「お前達、騒ぎを起こすなら牢に放り込むぞ」と言い出した。


 うん?


「我々は街道で襲われたので、その襲ってきた者達を引渡しただけなんですけど」


 シュテンさんが首を傾げると、兵士は赤くなりながら「そいつが、俺を侮辱しただろうが」とガジルさんを指さす。


 僕はそれを見てため息を吐いた。


「あのさ、よく分からないけど、真面目に働かないならお爺様に報告するよ?」

「「えっ?」」


 全ての兵士が動きを止めた。そして、1人のおじさんが「あなたは?」と首を傾げるので、コタロウがお爺様から預かっているナイフを見せた。


「こちらの方はアルフレッド・グドウィン、領主イゴール・グドウィンの孫です」

「えっ!? 領主様の……」


 兵士さんは唖然としていたけど、唖然としたいのはこっちだよ。


「この人、この前お爺様が突き出しましたよね?」

「あの……」

「うん?」

「言いにくいのですが、そちらのセルゲイ様のお父様が王都の公爵に願い出まして、許されたようです」

「じゃあ、また許されるかもしれないんですね」

「いえ、前回は門前でのトラブルとして処理されましたが、今回は街道での盗賊まがいの脅迫、および婦女暴行未遂なので、裁かれると思います」


 それでも『思います』なんだね。


 兵士さんは苦笑いなので、僕はため息を吐いて、セルゲイ達を見る。


「次に襲って来たら、もう手加減しませんからね」


 セルゲイが項垂れて首を縦に少し動かしたところで、騒ぎを聞きつけたのか、ブルースさんが来た。


「アル様……」

「この冒険者崩れはブルースさんとこの冒険者ですか?」

「はい」

「じゃあ、約束の素材は用意して来たけど諦めて下さい。申し訳ないけどブルースさんと冒険者ギルドはもう信用出来ません」

「アル様……」


 うん、仕方ないよね? 


 何かを言いかけて飲み込んだブルースさんの横を通り、僕らはギルドに向かう。


 ギルドに入ると、すぐにテッドさんとフィアナさんが迎えてくれた。


「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫ですよ。ちょっとガッカリしたけど、仕方ないですよね」


 僕は笑って見せたが、フィアナさんはなんとも悲痛な顔をした。


 それに比べるとテッドさんはさすがだね。


 感情を抑えて微笑んでいる。


「それで、これから僕やシュテンさんの村が持ち込む素材は冒険者ギルドに出来ればまわさないでもらえますか?」

「えっ!?」

「アル様、かしこまりました」


 驚くフィアナさんを抑えながらテッドさんは頷いて微笑んだ。そして「しかし」と言いかけたフィアナさんの裾を「すみません、マスター。他のお客様の対応をお願いできますか?」とテッドさんは笑顔で引っ張る。


 僕が笑顔でそのやりとりを見ていたら「すみません」とフィアナさんは席を外した。


「テッドさん、ありがとう」

「いえ、うちのマスターは優しいので、すみません」

「分かってます。それでまずはガジルさんから井戸の汲み上げポンプの試作からお見せしますね」


 僕はテッドさんに案内された作業台の前に来ると、ガジルさんが作業台にポンプを置く。それからテッドさんに汲み上げポンプの試作の説明を始めた。

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