第15話 本当の事

 目が覚めると僕はベッドに寝かされていた。


 治療が終わっているみたいでどこも痛くないし、着替えも済んでいた。右手を確認した後で、僕は天井を見上げる。


 あれで1本取った事になったのかな?


 それに……。


 そんな風に思っていたら部屋に誰か入ってきた。僕が体を起こすと、お父さんの後ろからお母さんが飛び出してきて、涙を浮かべながら抱きしめてくれた。


「なんでこんな目にあってまで、旅なんて行きたいの?」


 僕はお母さんの背中に手を置いた。


「僕はグドウィン家のみんなが好きです。家で除け者にされていた僕に居場所を与えてくれて、僕を必要としてくれた。みんなの役に立ちたいんです。領地を見てまわって、領民の生活を知って、それをお父さんや兄さんに伝えるのが僕の役目です」

「それは他の者にも出来るわ、あなたが命を賭けてまでやる事ではないのよ」

「ですが……」


 僕が言い淀むと入り口から入ってきたお爺様がコホンと咳払いした。


「いや、グドウィンの家の者がやるからこそ意味があるのだ。アルフレッドが領地を見てまわり、領民の手伝いをしてまわったことはいずれ知れ渡る。そうすれば、領民達がアルフレッドを、そして、ジェームズや、エドワードを支持してくれるだろう」

「お父様、それでは……」

「そうだ、儂も父上も領地を広げる事が領民の幸せにつながると思っていた。だから貴族や王族の方ばかり見ていたんだ。その結果、領地は広がり、グドウィン家は大きくなったが、本当の意味での領民の支持は得られていないだろう。表面上は支持してくれているが、きっと不満も多い。しかし、今さら儂が街に行っても誰も本心は語ってくれぬだろうな」


 お爺様が優しく微笑むとお父さんが顔を歪めた。


「間違っていたのでしょうか?」

「分からない。我らもまた領民を思い健全な領政を敷いてきた。だが、歪んだのだ。人が増えれば、必ず歪みが出来る。その歪みは領民の中に入らねば分からない。間違いがあるとするなら、いつの間にか我らと領民の間に距離を作ってしまった事なのだろうな」


 お爺様が僕の頭をなでた。


「アルフレッドならその隙間を埋めてくれるはずだ」

「しかし、それならば、養子のアルを行かせるより、私やエドが行くべきではありませんか?」

「いや、お前たちは領政を学べ、貴族や王族との政治的な事はアルフレッドには無理だ。それに、まだ言っておらんかったが、アンジェは儂の娘だ。従って、アルフレッドは儂の本当の孫だ」

「「えっ?」」


 僕もお父さんもお母さんも、そして、今入って来たエド兄さんもイライザも驚いているが、いつもお爺様の側に付き従っている執事は涼しい顔でこちらを見ていた。お父さんがそれに気がついて首を傾げる。


「もしかして、セバスは知っていたのか?」

「はい、ジェームズ様。アンジェ様のお母様は旅の踊り子でアーニャと言うそれは綺麗な方でした。七星祭の夜、イゴール様が一目惚れをされて、お2人は恋仲になられました」

「馬鹿な事を言うな、あれはアーニャが儂に惚れたのだ」


 お爺様が訴えるが、セバスさんは優しく微笑んでそれを流した。


「結婚を誓い合って、仲睦まじくお2人は暮らしておられましたが、ある時、王宮からイゴール様と伯爵家の娘との縁談話が持ち上がりました」

「あれは儂らの仲を引き裂く為に父上が用意したのだ」


 そう呟いて、お爺様は渋い顔をした。セバスさんはそれを見てから続けた。


「それを聞いたアーニャ様は『イゴールはいずれ領主となる、その妻は私のような学のない旅の踊り子ではなく、貴族の令嬢が相応しい』っと仰って身を引き、イゴール様に内緒で王都を出て行かれました。イゴール様は諦めきれず、王都でその行方を聞いてまわりました。そんな時、街医者からアーニャ様がみごもっていらっしゃる事を聞いたイゴール様はありとあらゆる手段でその行方を探しました。しかし、見つからず、数年後見つけた時にはすでに幼いアンジェ様を残してアーニャ様は亡くなっておられました」

「儂がアーニャから目を離さなければ、アーニャの異変に気がついていれば……」

「いえ、イゴール様には気付かれないようにされていました。私がお止めするべきだったのです」


 セバスさんは奥歯を噛み締める。


「その後、アンジェ様はイゴール様の父上様の名で、地方の小さな貴族に養女として預けました。それから時が経って、ジェームズ様が学園の先輩としてアンジェ様を連れてきた時は驚きました。何せアンジェ様はあの日王都を去っていったアーニャ様に瓜二つでございましたから、イゴール様はすぐにアンジェ様に事の真相を打ち明けて引き取ろうとされましたが、アンジェ様はその申し出を断られました。きっとアンジェ様とイゴール様の関係が明るみに出ればそれを利用しようとする者が出ると考えられたのでしょう」

「それはないんじゃない? アンジェでしょ? たぶんめんどくさいって思っただけよ」


 お母さんが呆れ気味に言ったが、誰も反論しなかった。


 えっと、アンジェ母さんって……。


 コホンとセバスさんが咳払いをする。


「その後、アンジェ様はジェームズ様とフローレンス様を弟と妹の様に思っていらっしゃいました。そして、アルフレッド様がイゴール様の孫である証は、胸にされているペンダントでございます。そのペンダントの石の裏には『アーニャへ、イゴールより愛を込めて』と彫られています、石の上からでも透かして確認出来るはずでございます」

「おい、セバス、それは話さなくて良かったのではないか?」


 お爺様が恥ずかしそうに頭を掻いた後で、僕が胸からペンダントを取ると、お父さんは透かしてそれを確認する。


「本当だ。書いてある」

「分かったか? アルフレッドは儂の孫だ。あの商人は金で手を切ったからもう関係ない。そのうちに事実を公表して、儂の孫として認知する」


 お爺様がそう宣言したところで、お母さんが「だからと言って」と言ったが、お父さんがそれを手で止めた。


「フロウ、もう認めてやろう。アルのやりたい事をやらせてやりたい」

「ジェム……」

「フロウだって昔はアンジェについて旅がしたいって言ってただろ?」

「そうだけど……」


 こうしてお母さんは最後まで渋っていたが、僕の旅立ちが決まった。もちろん『ファイアボール』まで使って止められなかったバッシュさんが、お父さんとお母さんにボコボコにされたのは言うまでもない。

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