第14話 最終試験

 裏庭にある訓練場にはすでにお父さんとお母さんと数人の使用人が待っていた。お母さんの眉間にはシワが寄っている。


 うん? 怒ってる?


「来たか? すまないが、今日アルがバッシュから1本取れなければ旅は諦めてもらう、いいな」

「はい」

「うん? 文句の1つもないのか?」

「いえ、お父さんとお母さんの決めた事に従います」


 僕がそう言って微笑むと、お母さんはほっとした顔をしたが、今度はお父さんが眉間にシワを寄せた。


「それは嫌だけど従うって事か? 我慢するって事か?」

「はい」

「「えっ?」」


 まさか僕が素直に首肯すると思わなかったのだろう。みんな驚いたけど、バッシュさんが一人で「クククッ」と笑う。


「ジェームズ様やフローレンス様の顔色を伺うのをやめたのか? いや、違うか?」


 バッシュさんはより一層笑みを深めた。ナイフのような木刀を1本僕に投げ渡すと構えた。僕も構えると試験は音もなく始まった。


 カンカンと乾いた音を上げながら右手の木刀で主導権を争う。さらにパンパンと左手を使って相手の腕を押さえる、さらに絡めとる。


 流れるように互いに牽制し合いながら組み手をしていたが、バッシュさんがニヤリと笑って僕の腹を蹴ると間合いを取った。


 そして、こちらを伺いながら首を傾げる。


「本気は出さないつもりだな」

「えっ?」

「望まれている方に流されるつもりなんだろ?」

「そんな事ないですよ」


 バッシュさんが「そうか」と言った次の瞬間には殴られていた。


 僕は吹き飛ばされて訓練場の壁に打ち付けられる。


 ぶつかる瞬間に魔力を流してあらがったけどダメだった。


 倒れた体を起こすと口から「ガハッ」と血を吐く。


 速くて全然見えなかった。


 やはりバッシュさんは強い。


 だけど、だからこそ僕はワクワクしている。


 本当はお父さんとお母さんの思うように学園に行く為に1本取れなくても良いって思っていた。


 だけど、今の自分の力がどれぐらい通用するのか、試したくなる。


 僕は笑っていた。


 口の端の血を拭ってバッシュさんを見ながら体に流している魔力を増やす為に、雷のイメージを強くする。


 僕の周りの空気が「バチバチ」と爆ぜる。


「安心しろ、どうせお前が本気を出したところで俺からはまだ1本は取れない。アル、本気で来い!」


 僕はその言葉に頷くと、さらに魔力のイメージを強くした。


 空気が「ジジジッ」と揺れて「バチバチ」と僕を取り巻く空気が爆ぜる音が大きくなる。


 感覚がよりはっきりとする。目も耳も冴えて、体の感覚がさらに1段階上がった事が分かった。


 誰かが「雷をまとっている」と言った瞬間に、僕は地面を蹴り出した。


 そして、バッシュさんを殴る。


 いや、拳が当たったと思った瞬間にバッシュさんが「ファイアボール」と言ったのが聞こえて、僕の体は大きく後ろに吹き飛ばされた。


 痛い? 熱い? 


 痛覚の後で熱が襲ってきた。


 どうやら火の玉で吹き飛ばされたらしい。


 僕の鼻の奥に、皮膚と毛が焼ける独特の匂いが届いた。


 お母さんとイライザだろうか?


 女性の悲鳴が聞こえたが、僕は倒れずになんとか踏みとどまった。


「バッシュ! 何考えている?」

「ジェム、仕方ないだろ? 俺も少し本気を出さないとやられる」

「だからって」

「良いのか? 俺が1本取られれば、アルは旅に出てしまうぞ」

「しかし……」


 お父さんが口ごもったのを確認すると、バッシュさんは僕を見て笑う。するとバッシュさんの右手が火をまとった。


「ファイアボール」


 素早く火球が飛んでくる。


 速いけど離れていれば大丈夫だ。


 僕がそれを避けた瞬間に、バッシュさんは3回「ファイアボール」と唱えて、後続から迫ってきた2発もかわしたけど、1発かわしきれない。


 僕は右手にありったけの魔力を込めて、その火球を受け止める「ジリジリ」と焼ける匂いがして、指先が熱で痛い。


 僕は「グッ」と顔をしかめて、歯を食いしばって火球を横になぐように払って軌道を変えた。


 バッシュさんはこちらに手をかざしたままで「へぇ、やるじゃないか」と呟くとその手を下ろす。


「無意識だろうけど、やっぱり野生の勘は恐ろしいな、教えてないのに魔力の使い方の3段階目をやってのけるのか?」

「3段階目ですか?」

「そうだ、今魔力を体全体に流しながら手だけ瞬間的に強くしただろ?」


 僕は「はい」と返事をしながら自分の手を見た。


 確かにあの瞬間、手だけ強くしないと受け止められないと思ってやった。全体的に流しながら部分的に強く流す。なるほど、これが3段階目なんだ。


 そうか。


 僕が再び視線をバッシュさんに戻すと、バッシュさんは手を再び僕にかざした「ファイアボール」てバッシュさんが言う度に火球が僕を襲ったけど、僕は火球をかわす瞬間だけ足に流す魔力を瞬間的に増やして、火球を全てかわした。


 だけどさ、これではジリ貧だ。


 かわすばかりでは間合いを詰める事は出来ないし、いつまでもこのままではいずれ魔力が尽きる。そして、その瞬間に終わる。


 僕は火球の切れ目に合わせてバッシュさんに向かって大きく飛び上がった。


 もちろんバッシュさんは僕に向けて火球を飛ばしてくる、僕はそれを手に魔力をまとわせて払い除けて軌道を変えながらバッシュさんに迫った。


 最後は火球を払い除ける事も出来ずに顔の前で手を交差させて庇いながら火に包まれたけど、落下を利用して倒れ込むようにボディアタックをしてバッシュさんごと倒れる。


 バッシュさんは、のしかかった僕を見上げた。


「これだから馬鹿は嫌なんだよ。無茶苦茶だ」


 そう言って微笑んだ。


「最後のは、アンジェを思い出したよ。どこまでも純粋に自分の出来る事をやる。馬鹿みたいに真っ直ぐなあいつを……俺の負けだ」


 それを聞いた瞬間に僕は嬉しくて笑ったけど、そのまま気を失ってバッシュさんの上に倒れ込んでしまった。

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