第10話 ブラン、雷をまとう

 魔力を全身に流しながら走る様になると、森の中を走るスピードはとんでもなく速くなった。


 最初の頃に比べるとたぶん10倍ぐらい速いと思う。


 魔力を全身に少しずつまわしているおかげで目も走りに追いついて、飛び出している小さな枝などもちゃんとかわしながら進める。


 ブランもかなり魔獣の肉と魔石を食べたおかげで強くなり、余裕で僕に並走してくる。


 まだ体は小さいがそれでも頼もしい。


 僕らが並んで走っていると、行く手にホーンボアが居た。僕もブランも慣れたもので、いきなり現れても、もう焦ることはない。


 何も言わなくても上手く連携をとって、ブランが少し大回りしてひきつけたところを、僕があっさりとホーンボアの首を切る。


 魔力を全身に流すのに慣れたせいなのか? 体のキレが増して、ナイフの切れ味も増している気がする。


 僕は横たわったホーンボアを、いつも通りに速やかに解体を始めた。


 これも助手であるブランが優秀で上手く引っ張ってくれたり、押さえたりしてくれるので本当に助かる。


 すぐに解体が終わると、角と皮、それから余った肉をマジックバックにしまった。


 ブランは焚き火で焼いた肉をモリモリと食べた後で、食後のデザートの魔石をバリバリと食べている。


 僕は「ありがとう」と言いながらその背中をなでていると、毛先の異変に気がついた。


 あれ? よく見たら毛先が黄色くなってる?


「バッシュさん、ブランの毛先が黄色くなっているんだけど、これって、汚れですか?」

「うん? 黄色くなっているのか?」

「はい、毎日お風呂入れているんですけど、もしかして魔獣って汚れが落ちにくかったりします?」


 バッシュさんは首を傾げながら「そんな事はないだろ?」と言いながらブランの背中をなでて、その毛先を見て固まった。


「確かにあからさまに黄色いな」


 そして……。


「おい、今なんかビリっと来たけど、もしかしてブランのやつ、雷をまとえるようになってないか?」

「えっ?」


 僕がブランを見ているとバッシュさんは慌てた様子でブランの顔を覗き込んだ。


「おい、ブラン? お前、もしかしてアルの真似したのか?」

「ウォン」

「それで雷をまとう事が出来るのか?」

「ウォン」


 嬉しそうに吠えたブランは前足を前に出して見せて、その先に雷をまとって少し「ジジッ」と音を出した。


 ブランがバッシュさんを見上げる目がなんとも誇らしげだけど、バッシュさんはブランを見下ろしながら「マジか? 意味わかんないな」と呆れた。


「でも、僕は雷なんてまとえませんよ?」

「いや、多分そのうち出来る様になると思うぞ。無意識なんだろうけど、たまにバチって空気が弾けているからな」

「そうなんですか?」


 バッシュさんは「あぁ」と言いながらブランをなでる。


「ブランの奴はそれを見て真似したんだろ? 最近はたくさん魔石を食べて、魔力量もだいぶ増えた。アルの真似をして雷をまとっていたんだろな」


 バッシュさんはブランをなでるのを止めると、自分の頭を掻いた。


「ちょっとまてよ、雷をまとえるって事は、ブランはライトニングウルフって事になるのか?」

「ライトニングウルフって、なんですか?」

「図鑑で見た事ないか? 雷を体にまとわせるウルフだ。だけどあいつは銀色の毛並みだから・・・・・・違うよな?」


 バッシュさんは額に手を当てながら口の中でブツブツと言い始めた。


 これってきっと僕に聞いてる訳じゃないよね?


「うーん、魔獣の中には変わった進化をするやつがいるからあり得ない事でもないのか? しかもブランはレア魔獣だしな……それにしてもライトニングウルフか、すげぇな」

「すごい事なんですか?」

「あぁ、間違いなくすごいよ。スピードだけならウルフ族でも中位ぐらいには入るかもしれない」


 それはすごいね。さすがはブランだ。


 僕が誇らしい気持ちになって頭をなでるとブランは嬉しそうにする。


「ブラン、でもお母さんやイライザになでてもらうときは雷をまとっちゃダメだよ」

「ウォン」


 お母さんやイライザが痺れたら大変だもんね。それにしてもブランは本当に話が分かるし、偉いな。


 ブランが快く返事をしてくれるので、僕はいっぱいワシャワシャする。


 ブランは嬉しそうにギューっと伸びをしてから、お腹を見せるように転がった。


 やっぱり、可愛い。


「しっかし、主従契約をすると従者が主人の影響を受けるって話は聞いた事があったが、本当らしいな」


 バッシュさんがなんだか苦笑いしながら僕の頭をなでた。


 うん? なんで苦笑いなの?


 いつまでも休んでいる訳にはいかないので、僕らは再び走り出した。


 途中でファングラビットを狩りながら、どんどん進んでいくといきなりブランが「グルル」と鳴いて、僕の前をさえぎる。


 僕らが止まると、前方の茂みから例の2匹が姿を見せた。その毛並みが黒光している。


 なるほど、強くなったのは、僕達だけじゃないらしい。2匹は悠然と歩いて来て「グルル」と低い声でこちらを威嚇をしてから前傾の構えを取った。


「アル、奴ら進化している。もしかしたら子供を食べたのかもしれないな」

「えっ?」

「この前、オスの方には深い傷を負わせたがすっかり治っているし、奴らはもうウルフじゃない。少しモヤモヤとした黒い物をまとっているだろ? あれはダークウルフだ。傷を治すため自らの子供を食べて闇落ちしたらしいな。油断するなよ、強さはこの前の比ではないぞ」


 体の芯から震えが上がってくる。


「それは自分が助かる為に、子供を食べたって事ですか?」

「あぁ、そうだ」


 心が冷えていくのが分かる。あいつらは毛の色が違うというだけでブランを捨てた。そして、今度は自分が助かる為に残った子供を食べた。


 アンジェ母さんは僕を産む為に死んだ。僕の為に命をかけて守ってくれたのだ。


 それが……。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。今本当の意味で理解しました。あいつらはブランと同じ生き物なんかじゃない」


 そう、こいつらは倒すべき敵、魔獣なんだ。


「ブランも大丈夫か?」

「ウォン」


 隣にいるブランもダークウルフを睨んでいた。その尻尾はもう足の間にはない。ピンと上を向いてユラユラと揺れている。


「よし、小さい方は二人に任せる。頼んだぞ」

「はい」

「ウォン」


 バッシュさんは僕達を見て頷くと腰のマジックバックから剣を取り出して走り出す。僕もナイフを抜いてその背中を追いかけた。

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