第8話 超えるべき壁

 魔法は便利だ。


 イメージすると力は強くなり、動きは速くなり、皮膚が硬くなる。そして、ナイフの切れ味も上がるのだからすごいとしか言いようがない。


 今日も朝のランニング中に出会ったファングラビットを斬ったのだが、なんかすごい斬れ味だった。驚いた僕が手に持ったナイフを見ていたらバッシュさんが笑う。


「すごいだろ? 魔法を通す専用の武具だともっとすごいぞ」

「専用の武具?」

「あぁ、ミスリルって魔力を通しやすい金属を使って腕の良い鍛治師が作った武具ならもっとすごい。アンジェもノームの名工に打ってもらったナイフを愛用していた」

「母さんが……」

「アルもいつか名工に打ってもらえるような腕前になるさ」


 バッシュさんが優しい目で僕を見るので、僕は嬉しくなって「はい」と元気よく返事をした。


 僕達は倒したファングラビットを解体してマジックバックに牙や皮、肉をしまう。それからブランに魔石を食べてもらう。


 解体は初めの頃に比べたらかなり早くなったし、綺麗に出来る様になった。持って帰るとグドウィン家の使用人達は喜ぶし、褒めてくれる。


 それは単純に嬉しい。


 ナイフも鞘に戻すと僕らは再び走り出す。加速しながら走ると木も葉っぱも驚くほどに速く後ろに過ぎていく。ブランもご機嫌で快調だ。


 そして、しばらく走った先で僕らの目の前にそいつらは現れた。


 僕とブランは止まってすぐにバックステップで下がって間合いを取った。そいつらはこちらを見て首を傾げると楽しげに口角を上げてニヤリと笑った。


 2匹のウルフ、成獣で片方が少し大きい。


 もしかして、つがい?


 そう思った瞬間に僕はブランを見た。ブランは怯えているのか、後ろ足の間に尻尾が収まって、少し震えている。


 次に僕がウルフに目を向けた時には、すでにバッシュさんが飛び出していた。大きな方に切りかかっているので、僕も飛び出して少し小さな方の相手をする。


 ウルフはファングラビットなんか相手にならないぐらいに速いし、その攻撃は鋭く重い。1つ1つ魔法で強化しないと追いつかない。動く度に僕は足を、腕を、魔力で強化し続ける。


「ハア、ハア、ハア」


 もちろんすぐに息が上がり、僕は肩で息をした。


 そこで魔力は足りるのか? 


 と不安が込み上げてくる。


 それでも気力を振り絞り、ウルフの爪や牙を受け止めて、返しで切りつける。


 しばらくして、バッシュさんに大きく切りつけられた少し大きなウルフが下がると、2匹は逃げていった。


 僕はその姿を見送った後で、その場で崩れ落ちる。


 なんとかなった。


「ハア、ハア、ハア」


 額から汗がポタポタと流れ落ちる。


「アル、よくやった」


 バッシュさんは僕の頭をなでた後でブランに近づく。


「ブラン、あれは親か?」

「ウォン」

「そうか……」


 バッシュさんは頭をガシガシと掻いた後で、ブランの頭をなでた。


「ブラン、乗り越えろ。アルの為に親も兄弟も殺せないならお前は従者として失格だ。わかるな?」


 ブランは真っ直ぐにバッシュさんを見た後で「ウォン」と返事を返して僕の元にやって来た。僕は黙ってブランを抱きしめる。バッシュさんは僕の頭もなでた。


「アルもだ。たとえ相手が従者と同じ種族でもためらうな、相手がウルフだとしてもブランではない。相手は待ってくれないし、迷いなく殺しに来るぞ。それが出来ないなら俺から1本取れても旅の許可は出せない。いいな?」


 僕が「はい」と頷くと、ブランは僕の耳元で小さく「ウォン」と鳴いた。僕はブランをもう一度ギュッとしてからなでる。


 その日から僕とブランの修行は加速した。


 倒すべき敵が現れた事で目標として明確になったのがでかい。僕は魔力量を増やす為と操作をスムーズにする為に余裕があれば魔法を使い。寝る前はベットに横になってから気絶ギリギリまで使った。


 あの日に比べたら、僕の魔力量は明らかに増えた。日々の訓練の成果は日に日に出ている。


 ブランの方は狩りの量を増やして、魔獣の肉と魔石を片端から食べている。


 魔獣は人族や魔獣を食べる事で強くなっていくそうだ。もちろんブランに人族を食べさせる訳にはいかないので、魔獣をどんどん食べてもらう。


 魔獣と言っても、もちろん全部、ファングラビット。王都周辺では主にファングラビットと、あいつしか出ない。


 そして、久しぶりにあいつが僕達の前に現れた。


 巨漢を揺らしながらノシリノシリと歩いた後で、首を下げて前傾になる。


 どうやらホーンボアはやる気の様だ。


 だけど、僕にもブランにも迷いはなかった。迷わずに飛び出して連携で翻弄する。


 ホーンボアも得意の突進や、素早く後ろ足での蹴り上げをしてくるが、僕にもブランにもその動きがよく見えている。軽くかわしながら僕はナイフで切りつけて、ブランは噛み付いたり、爪で切り裂いた。


 ホーンボアは、足の付け根や首を切られて動きが鈍くなる。


 最後は少し逃げる様な素振りをしたところを僕がナイフで喉を切り裂いた。


 ドシン! 


 っと巨漢が横になる。


 それを解体して、解体する側から焚き火で焼いてブランにあげる。残りは大きな葉っぱで包んでマジックバックにどんどん入れていった。


「角が高く売れるから角も持ち帰ろう」


 バッシュさんの指示に「はい」と返事をして角も切ってマジックバックに入れる。


 隣でブランはバリバリと美味しそうに、ホーンボアの少し大きな魔石を食べていた。


 ホーンボアを見つけたら逃げていた、ついこの前が懐かしく感じる。僕達は間違いなく強くなっている。でもまだだ。あいつらを倒す為にもっと頑張ろう。


 僕は魔石を食べ終わって満足げなブランの頭をなでた。

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