第7話 本格的な訓練

 ブランと2人でグドウィン家に帰ってきて数週間が経った。


 ブランはすっかりグドウィン家に馴染んで、特にイライザやお母さん、それから使用人の女の人達に可愛がられている。


 モフモフされて気持ち良さそうに目を細めている姿を館のあちらこちらで見かけるようになった。


 実はこっそりお爺様やお父さんも兄さんもモフモフしている。


 うん、ブランは可愛いから仕方ないよね。


 僕の方はと言うとバッシュさんによる本格的な訓練が始まった。


 朝は夜明けと同時にブランと一緒に森を走る事から始まる。ブランが並走してくれるおかげで、足場の悪い森の中もだいぶ速く走れる様になった。


 もちろん森の中だからたまに魔獣に出会うが、僕とブランの連携ならファングラビットも余裕で倒せる。たまにホーンボアに出会って焦るが、逃げれば問題ない。


 あの巨漢は僕達にはまだ無理だ。


 そして、走り終わったら館の庭で素振りをする。


 初日にバッシュさんは木刀を構えて「こうだ」と言うとビュンと素早く振った。そして「やってみろ」と腕を組んでこちらを見るが。


 えっと? 今のなんかすごかったよ。


 僕が唖然としていると、バッシュさんは渋い顔になる。


「何やってる? 早くやってみろ」

「いや、すみません。わからなくて」

「難しく考えるな。剣先を走らせる事だけ考えれば良い」


 僕は「はい」と返事をして素振りをした。


 それを見ていたバッシュさんは黙って首を横に振る。


 なので、僕は再び素振りをしてバッシュさんを見た。


 バッシュさんはまた首を横に振る。


 もう1度、素振りをする。


 バッシュさんは肩を落として、ため息をついた。


「全然違うだろ、ちゃんと見てたのか?まず、力を抜いてみろ、力を入れるのは振り終わる瞬間だけでいい、あとは左手の小指と薬指だけで握る感じだ」

「右手は?右利きなんですけど」

「右手は剣筋を操作するだけだ、力はいらない」


 右手を見ながら困惑している僕の様子を見て、バッシュさんは「いいからやってみろ」と言った後で「うん」と言いながらアゴをヒョイヒョイしゃくる。


 力入れないで速く振れるのかな?


 そのまま考えていても仕方ないので、僕は言われた通りにやってみた。力を抜いて振り上げて、脱力したまま振り下ろす、そして振り終わりにだけ力を入れた。


 ビュン!


「えっ!」


 それまでとは明らかに違う音を上げながら木刀が空を切った。その速さはさっきまでとは明らかに違う。


 段違いで、なんか気持ちいい。


「それだ」


 バッシュさんは腕を組んだままで頷いている。僕は自分の手とバッシュさんを繰り返し見た。


 素振りの後は互角稽古。


 ナイフに見立てた短い木刀を使って、手を動かしながらバッシュさんと互いに相手の手を取りに行く。


 手を取られれば極められたり、投げられる。だから、すぐに相手の手を振り払い、逆に取り返さなければならない。


 僕は速く、もっと速く、と体を動かすのだが、何度も投げられて、何度も極められた。


 もちろんバッシュさんは、まだまだ全然本気を出していない。それなのに全く相手にならなくて悔しい。


 速く、もっと、もっと。


 僕も食らいついて腕を取り合うが、またバッシュさんに腕を取られて投げられた。


 しこたま背中を地面に打ち付けられる「カハッ」と口から息が漏れて、口の中が血の味で満たされた。


 僕が倒れたままでバッシュさんを見上げると、バッシュさんは僕を見下ろしながら「そろそろだな? 悔しいか?」と少し笑った。


 僕はそれを見上げたままで「はい」と顔をしかめる。


「そうか、その気持ちが大事だ」


 バッシュさんは大きく頷いて、僕に手を貸してくれた。僕がその手を掴んで立ち上がるとバッシュさんは手を握ったままで「分かるか?」と首を傾げる。


 うん? 


「バッシュさんの手が温かい」

「これが魔法だ」

「魔法!」

「あぁ、魔法はイメージを形にする力、俺は今手が温かくなる事をイメージしている。アルもやってみろ」


 バッシュさんが僕の顔を見るので、僕は首を横に振った。


「でも僕は知力適性がEなので魔法はろくに使えないそうです」


 僕がそう言うとバッシュさんは「アハハ」と笑う。


「さすがはアンジェの息子だな。だけど使えるはずだ。知力が低いと具現化は確かに難しい。だけどな感覚でやる身体強化系はアンジェの十八番だ」

「えっ?」

「よく知らない奴らはあいつの事を魔法が使えないと勘違いしているが、あいつは雷鳴の魔女だぜ。魔法を使っていたに決まっているだろ?」

「そうなんですか?」

「あぁ、あんな細い体でドラゴンに吹っ飛ばされたり、オーガと力比べするなんて事、魔法使わなきゃ出来るわけない。あいつは身体強化系の魔法しか使えなかったが、だからこそ身体強化系の魔法は他の誰よりもすごかった」


 そう言うと笑っていたバッシュさんは悲しそうな顔をした。


「それに魔法を使わずに、あんな化け物じみた身体能力をしていたなら、きっと病気なんかで死にやしないさ」


 バッシュさんは僕の頭をクシャクシャとなでた。


 その後で僕はバッシュさんから身体強化系魔法の基本を教わった。まずは温かくなる事をイメージする。少しやると出来る様になった。


 魔法は諦めていたからこれがとても嬉しい。


 そして、もちろんそこは僕だ。


 調子に乗ってずっとやっていたら頭がクラクラとして倒れた。


 魔力切れだそうだけど、倒れた僕を青くなった使用人達はすぐにベットに運んでくれてその日はそのまま寝てしまった。


 後で聞いたのだが、僕が寝ている間にバッシュさんはお父さんとお母さんにボコボコにされたらしい。


 バッシュさんは「普通倒れるまでやるなんて思わないだろ」と弁解したらしいが「そこはアンジェの息子だ、少し考えろ」と言われたらしい。


 ……ごめんなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る