第4話 出来る事をやる

 翌日からも授業の日々は変わらないのだが、旅の仕方や狩りの仕方などの授業が入ってきて、訓練も少し実践的になった。


 うん、難しい歴史とかやるより面白い。だけど地理は相変わらずで、領地内にある似たような名前の街や村を覚えさせられた。


 それにさ、街の周辺に出る魔獣の種類とか分かるけどさ、特産は覚える必要があるのかな?


 そして、細かい適性検査を受けた日から数週間後の夕食の後で、お父さんとお母さんが怒り出した。


「父さん、アルに旅をさせるって本気なのか?」

「あぁ、本人に希望を聞いた。学園で学ぶよりも領地内を見てまわりたいそうだ」

「そんなのアルはまだ子供なんだ、そう言うに決まっているじゃないか!」


 お父さんは1度僕を見た後で、もう1度お爺様を見た。


「アルは分かってないんだ。旅がどれほど危ないのか」

「そんな事は分かっている、だから訓練を始めたのだ。それに旅に出して平気と判断するまで出すつもりはない」

「訓練ってなんでそうまでして旅に出すのさ、学園でみんなと学べば良いだろ?」


 お爺様は首を横に振る。


「アルフレッドに学問は向いていない」

「だからって」

「ジェームズ、どんな事にも向き不向きがある、それに領地経営で必要な事は学園だけでは学べない。それはお前も分かっているだろ?」

「それは分かるけど」

「アルフレッドには領民の声を聞いて、その声をエドワードに伝える者になって欲しいんだ。その為には早いうちから領地をまわり1人の旅人として、領民の生活を見てまわる事が1番だ」


 お父さんは悲痛な顔をして「しかし」と呟いた。隣のお母さんも眉間にシワを寄せている。


「お父様、アルはもう私の子になりましたから、エドやイライザと分け隔てるつもりはありません。お父様の言い分は分かりましたが、その様な事なら他の者にやらせるべきではありませんか?」

「フローレンス、ではアルフレッドをお飾りにするのか? エドワードやエリザベスは優秀だ。アルフレッドは学問ではエドワードやエリザベスに敵わないだろう。だけど武術ならきっと誰にも負けない、アルフレッドはお前達の親友、あのアンジェの息子なのだ」

「ですが……」

「それにな、アンジェの息子ならきっと領民の中に入っていける。フローレンスも分かるだろ? アンジェはそう言う奴だった」


 お爺様は少し空を見て微笑んだ。それを見てアンジェ母さんが褒められるのが嬉しくて僕も笑う。


 それにお父さんとお母さんはアンジェ母さんの親友だったんだね。


 僕が微笑んだままでお父さんを見ると、お父さんの後ろに控えていた執事が1歩前に出て僕を睨んだ。


「ではこうしたらいかがですか? 俺が戦いの基本を教え込みます。教え込んだ後で俺から1本取れる様になったら旅に出す」

「バッシュ!?」

「フローレンス様、ご安心を。俺もアンジェの息子を無駄死にさせるつもりはありませんよ。全力で阻止しますから、アルだって自分の無力さを思い知れば大人しく学園に行くでしょう」


 バッシュさんは面白がる様な目をした後でお爺様を見た。


「それにイゴール様も半分は俺みたいな存在をエドワード様の為に用意したいのでしょ? 違いますか?」

「そうだ、バッシュ。体を張ってエドワードを守る。アルフレッドにはそんな者になって欲しいと言う気持ちもある」


 お爺様とバッシュさんがなんとも言えない笑みで笑い合っていると、ガゴン! っと椅子が倒れた音がした。驚いてそちらを見ると、それまで黙っていたエド兄さんが立ち上がっていた。


「お爺様、私はそんな事望んでいません! アルは弟です。大事な弟なんです」

「エドワード、もちろんだ。その気持ちは決して無くすな。守ってもらうのが当たり前と思ったらダメだからな」


 エド兄さんを見ながらお爺様は満足げに笑って頷いて、その後で僕を見た。


「まあ、アルフレッドの気持ちも聞こうじゃないか? アルフレッドはどう思うのだ?」

「はい、正直必要とされるのが嬉しいです」


 僕は1度そこで言葉を切って、食卓について僕の事を真っ直ぐに見てくれる人達を見渡した。


「お父さんとお母さんが優しくしてくれるのが嬉しいし、兄さんやイライザが優しくしてくれるのが嬉しい。もちろんお爺様もです」


 そこでお爺様と目があった。お爺様は優しく微笑んで頷いてくれる。


「だから、僕は僕の出来る事をしたい。僕に学問は向きません。だけど、いずれイライザみたいに兄さんの力になりたい。その為には僕は強くならなくてはならない。そして、領地を見てまわるべきだと思うんです」

「そうか、アルフレッドの気持ちはよく分かった。ありがとう。どうだ、ジェームズ、フローレンス、エドワード」

「父さん、これはずるい」

「そうですわね」


 お父さんとお母さんは僕を見ながら困った顔をした。そこで兄さんがバッシュさんを見る。


「バッシュさん、手は抜かないで下さいね。私は賛成ではありませんから」

「もちろんですよ、エドワード様。ジェームズ様とフローレンス様は優しいからすぐにほだされるだろうが、俺は違います。簡単に1本なんて取らせませんよ」

「分かりました、ではそれについてはバッシュさんにお任せします。私はアルを学園に連れて行くつもりで、これからアルに学問を教えます。良いですね、お爺様?」


 兄さんがそう言うとお爺様は優しく頷く。


「あぁ、それで構わない。バッシュから1本取らなければ旅には行かせない。自らの道を開けるかはアルフレッドしだいだ。皆もそれで良いな?」


 お爺様がそう宣言して、みんなが頷いた。


 僕は自分の出来る事をやる。それだけだね。


 そう思っていたらお父さんとお母さん、兄さんとイライザが寄ってくると抱きしめてくれた。


 それがとても温かくて、泣きそうだよ。

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