第5話 だからもう、一人でも大丈夫なんだよ
こっそりロディーと舞踏会を見学。
二人は無事出会った。視線が絡み合い、自然と手を取り合う二人。楽師隊が大張り切りで演奏していたし、お目当ての女の子がいた紳士たちは、こぞってダンスに令嬢たちを引っ張り出した。だって誰がどう見ても「ああ、妃は決まりだな」って感じだったもの。
イタズラ妖精がサンディーの姉たちを誑かしているのを見てしまったけど、まあ、どちらも喜んでるからいいでしょう。
★
十二時の鐘が鳴る。
ニコラスと楽しい時間を過ごしたサンディーは、想いを断ち切るかのように走り出した。長いドレスに足がもつれて転びそうになったのをこっそり助けるけど、片方の靴はわざとニコラスの元に残しておいた。
魔法が解けた姿で家に戻ったサンディーは、何食わぬ顔で玄関先で待っていた私に優しく微笑んだ。
「ありがとう。これでもう、思い残すことはないわ」
大好きだった……。
そう呟いた声は聞こえないふりをする。だって勝負はここからだもの。
翌朝。ニコラスの様子を見るために城に残ってくれていたロディーによると、さっそく靴の持ち主探しが始まったらしい。
ニコラスがサンディーの元にたどり着くまでに、私たちは素材の収集をしたり、思い出話をしたりと、昔みたいに楽しい時間を過ごした。このまま時間が止まればいいなんて思ったくらい。
靴に関しては、違う意味で話題になってしまっているのにはびっくりしたけどね。
「靴に何をしたの?」
「綺麗でしょう?」
「綺麗だけど、そうじゃなくて。なんで大騒ぎになってるんだよ」
「ああ、あの靴はサンディー以外が履こうとしても、そもそも足が入らないんだよ。風で膜が出来てるから弾き飛ばされちゃう仕掛けなの」
「……」
「いや、私はピッタリに作っただけだからね? 仕掛けを施したのは風の精霊です」
何か邪悪な存在なんじゃないかと囁かれ始めたときは冷や汗ものだったけど、サンディーが履いたときは妖精たちが祝福の粉を撒いたものだから、臣下たちがその口をぴたりと閉ざした。だってそれはこの国の最初の王が妃に冠をかぶせたときのようにキラキラと光が散ったわけだからね。リリたち、ナイスよ!
無事サンディーがお城に迎えられるのを見届けてから、私たちはおうちに帰る。
たくさん素材が収集できたからお店の人もお父さんも大喜びだ。たった五日間の旅だったのに飲めや歌えの大宴会のあと、私はこっそり屋根の上に登った。
「おばあちゃん、私、夢を叶えたよ」
思った通りの魔法をかけられたし、月の雫も手に入れた。
明日朝日が昇れば、徐々に妖精たちの目が覚めていくはずだ。私は彼らが去って行かないように、素敵な魔法を紡げるようがんばるだけ。
「だからもう、一人でも大丈夫なんだよ」
こっそり登ってきたロディーにそう微笑みかける。
「なんで俺が来るって分かったの」
「昔よく二人で登ったから、覚えてるかなって」
隣に座ったロディーの体温を感じつつ「縁談って」と話し始めると、彼はギョッとしたような顔をした。私が知ってるとは思わなかったらしい。
「どんな女の子なんだろうね? ロディーは会ったことがあるの?」
でもそう尋ねた私に、彼は不思議そうに首をかしげる。今更とぼけるつもりかしら。
「会ったことはあるよ。女の子じゃないけど」
え、どういう意味?
キョトンとする私をよそに彼は「へえ、そうか」と一人で納得し、なぜか大きく頷いた。それになぜかすごく腹が立ったんだけど、急に強く吹いた風にあおられて体勢を崩し、とっさに手を伸ばしたロディオンに助けられ大きく息をつく。びっくりしすぎて腹立ちが消えてしまったわ。
「ありがとう、ロディー」
ロディオンの腕の中にすっぽり包まれたのが不思議な感じで、私は首をかしげる。
「本当に大きくなったね」
「いつまでも子ども扱いしないでくれるかな」
「別にしてないけど……」
間近で顔をのぞき込まれ居心地が悪くなる。
なにこれ、お説教タイムですか?
なぜか経験したことのない空気に戸惑って、彼の腕から逃れようともがく。もがくけどピクリとも動きゃしない!
「あんまり暴れられるとキスもできない」
「し、しなくていい! ロディーの縁談相手に殺される!」
「縁談はナージャに来てたんだから、この場合殺されるのは俺のほうなんだけどね」
はっ?
「何それ、知らない」
「だろうね。聞かせないよう気を付けたもん」
えっ? どういうこと?
というか、この状況の意味が分からない!
あまりに暴れるからか、再びロディオンの胸にムギュッと抱きしめられてしまう。一瞬ムカッとしたけれど、あまりにも彼の心臓がドキドキしていて目をぱちくりとさせてしまった。
「俺は、チナミさんに似ているナージャが、いつか消えちゃうんじゃないかって心配なんだ」
彼の泣きそうな声に戸惑い、私も泣きそうになる。
遠い世界からなぜかこの世界に紛れ込み、二度と帰れなかったおばあちゃん。同じように妖精に愛される素質を持つ私を、
「妖精は手放さないよ。月のしずくも手に入れたんだもの、よけいにね」
慰めたくなって、おずおずと彼の背に私も手を回す。
怒ってたんじゃなくて心配してたのね。霧の向こうから帰れなくなるんじゃないかって。
ほっとして目を閉じ、彼の鼓動を聞く。
「こんなにドキドキするほど心配させてしまったなんて、ごめんね」
「なっ、ちが!」
ガバッと離され、焦ったような顔のロディオンに首をかしげる。こうして見ると、やっぱりあまり昔とは変わってないのかなぁ。
「ずっと一緒にいられたらいいのに」
それは我儘だって知ってるけど。
でもそう呟いた私にロディオンが嬉しそうに笑った。
「ナージャみたいなじゃじゃ馬娘と結婚できる猛者なんて、俺くらいだと思わない?」
冗談めかして彼がそう言うから、
「そうかもね~」
なんて返事をしてしまう。
やだな。彼を大好きだったなんて、特別だったなんて、自分でも気づいてなかった。
不意に泣きそうになった私の手を取り、その指先にロディオンが口づけを落とす。
同じ気持ちだと知ったのは、もう少しだけ、あとのお話――。
異世界転移者の孫娘は、シンデレラの魔法使いになりたいのです 相内充希 @mituki_aiuchi
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