第4話 さあ、魔法をかけましょう
月の雫は妖精たちの大好物。
満月の日、風の精霊が起こす湖のさざ波からほんの少しだけ採れる甘露。
おばあちゃんは精霊ではないのに、それを採ることが出来る稀有な存在でもあった。私も方法を教えてもらったけれどまだ力が足りない。
でも今回の仕事がうまくいけば、風の精霊は定期的に月の雫をくれると約束してくれた。
「というわけで、明日から何日か向こうに行ってきます。ここまで話したんだから、あとのことはお願いね」
おもにお父さんが卒倒しないようにとか……。
「俺が気付かなかったら黙っていく気だったわけ?」
「置手紙はするつもりだったわよ?」
テヘッと笑ったらロディーに呆れたように見られてしまった。
「じゃあ俺も行く」
「なんで?」
「なんでじゃないだろ」
顔をしかめたロディーは勝手に同行を決めて、しかもお父さんに許可をもらいに行ってしまった。
でもって許可が取れたんだよ、びっくり。
★
翌日。西の空が綺麗なグラデーションに染まるころ。
空からは、お城への道が舞踏会に参加するための馬車でいっぱいなのがよく見える。
「男も参加するんだな?」
隣を飛んでいる鳥の姿のロディーが不思議そうにそう言った。
彼がお父さんの魔法で鳥の姿になっているのは、人の姿だと連れて行くのが難しいのではとハリーとお父さんが言ったからだ。それは彼が大人だからって意味なんだろうけど、納得いかないわ。
「妃候補以外にも、出会いの場であった方がいいでしょう? 素敵な紳士がたくさんいたほうがいいのよ。そちらに目移りするお妃さまはいらないからね」
参加者的に美味しい場になるようにしたのは、やっぱりイタズラ妖精の仕業だけど、今日の場合はグッジョブだ。たぶん今夜は素敵な紳士に化けて、女の子を誑かすつもりなんだろうなぁ。あいつ、ちょっと美人で意地悪な女の子が大好物なんだよ。
そこまで教えてあげると、ロディオンは「ああ、あれか」と思いだしたらしい。
そんな雑談をしているうちに、私たちはサンディーの家についた。
継母たちが馬車で出発するのを見送って、私はそっと玄関の戸を叩く。今日は鳥の姿ではなく老婆の姿だ。ロディーは木の枝に隠れている。
「まあ、おばあさん。どうしたの?」
みすぼらしくしょんぼりした姿の私が水を所望すると、サンディーは優しく飲み物をくれる。たまに迷い込む旅人にいつもそうするように。そして汚れた手や顔を洗うといいと、洗面器に温かいお湯も支度してくれた。
優しく微笑んでいるけれど、多分彼女は泣いていた。涙の跡が残っているもの。
舞踏会に出たかったのだろう。愛する彼が王子だと気づいてしまったから、せめて最後に遠くからでもその姿を見たいと昨日言っていたものね。
風の精霊が悲しそうな顔をしていることに気付き、ふと部屋の奥に目をやると、端切れのようなものがちらりと見えた。
――あの娘たち、私のドレスをナイフで切り裂いたのよ。
精霊の声なき声がそう教えてくれる。
私のドレス――それはそれはサンディーが大事に隠し持っていた母親の形見だ。
じわりと怒りがこみ上げるけど、私は慌ててそれを飲み下す。
負の感情は妖精には毒だ。美しい魔法を産むためには綺麗なものを思い浮かべ、楽しいことを考えなければ。
「ねえ親切なお嬢さん。お礼にあなたの願いを叶えてあげるわ」
ガラガラ声でそう言った
だから私は答えを待たずにスッと腰を伸ばし、腕をあげて元の姿に戻った。
突然自分よりも年下の娘になった老婆に唖然とするサンディーに、私はバチンとウィンクする。
「さあ舞踏会に行きましょう。まずはドレスが必要ね」
歌うようにそう言うと、手のひらを返して妖精を呼ぶ。昼間よく眠っていた妖精たちは小鳥の姿になってサンディーの周りを飛び回った。無残だった形見のドレスを広げたときにはサンディーは息を飲んだけど、私が撫でるように魔法を施していき、形見のドレスが流行の形に変わったのを見て両掌を口元に当てた。
リリ達に手伝ってもらってドレスを着つけ、髪をまとめる。
ロディーがどこからか花を摘んできたらしく、ぱらぱらと降らせてくれた美しい花々も彼女の髪に飾った。
ハリーの力でカボチャが馬車に、ネズミが御者に変わる。私のイメージ通り! ハリー、さすが!
「さて最後は靴ね」
私はそう言って、こっそり作っていた靴をサンディーに履かせた。
透き通るような素材で作った薔薇の靴だ。
『ガラスの靴じゃないの?』
ってロディーは不思議そうだったけど、ガラスの靴じゃ硬くて踊りにくいのよ。だから試行錯誤の結果この靴ができたのだ。足に吸い付くようにフィットし、踊りやすい最高の靴。
目を輝かせ言葉が出ないサンディーに「十二時の鐘が鳴り終わると同時に魔法は解けるから、それまでに帰ってくるのよ」と約束をして送り出した。
うん、ここまでは計画通り!
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