第3話 これはお仕事なのです

 ニコラスに出会ったのは私たちがまだ子供だった頃。

 素材収集に出ていた時に霧の中に迷い込み、そのままに行ってしまった。私たちはその時鳥の姿だったんだけど、怪我をしたロディオンの手当てをしてくれたのがニコラスだ。

「ああ、あの……」


「そうそう、その彼ね。今ではとっても立派で素敵な男性なのよ!」

「へえ……」

 力いっぱい主張した私の熱意とは裏腹に、一瞬ロディーの周りに吹雪が見えたのはきっと気のせいよね、うん。

「彼は王子様だって話したっけ?」

「知らない。というか、何度も会ってたの?」

「だって友だちだもの」

「ふーん」

 あら、反応が冷たいわ。まあいいや。気にしていたら話が進まないもの。

「で、今度お妃さまを探すことになったんだけど、彼には好きな人がいるのよ!」

「ああ、そうなんだ」

 お、吹雪が収まった。

 うんうん、ロディーもお年頃だもんね、男の子だってコイバナには興味あるよね?


「で、こっちも覚えてるかな。サンディーって女の子」

「お母さんを早くに亡くしてたご令嬢の?」

「そうそう」

 サンディーとの出会いもまた素材収集の時だった。なぜか行ってしまったで雷雨に見舞われて、雨宿りをしていたのがサンディーの家の屋根裏だったのだ。

 この時も私たちは鳥の姿だった。

 あの頃はお父さんが、何かあってもすぐに飛んで帰れるようにと、いつも鳥になる魔法をかけてくれたのよ。


 サンディーは私たちに優しかった。

 私と同じで早くにお母さんを亡くして、お父さんはお仕事で留守がちだったから、遊びに行くといつも喜んでくれたのだ。


「その二人がね、半年くらい前に森で出会ったの。怪我をしたニコラスの傷をサンディーが手当てしてあげてね」

「もしかして、二人を出会わせたのがナージャ?」

「あたり。とがった枝でニコラスが腕をザックリ切ったから大変だと思って、急いでサンディーを呼んだのよ」

 二人はお互いの素性を知らないまま恋に落ちていた。

 私は鳥だから、そんな秘密を打ち明けられる。そして、そんなキラキラの恋の秘密は、妖精たちの眠りを覚ましたのだ。


「サンディーには新しいお母さんがいるけれど、シンデレラと同じで娘たちがいるの。本当はサンディーが正当な伯爵令嬢なのに、今はまるで召使のような扱いをされているのよ」


 サンディーの父親は異国に行ったまま病気になり、まだ帰ってこられない。早く帰ってきて現状を変えてほしいと思っていたところ、二人が出会った。


「王家では舞踏会を開いて妃を探すことにしたんだけどね」

「それもナージャの仕掛けたことかな?」

 呆れたようなロディーに、私はふふっと笑う。

 最初は外国から姫君を招く話もあったのだ。でも国内にふさわしい女性がいると「神託」があった。

 私がしたことじゃないわよ?

 面白がったイタズラ妖精が天から声をかけたの。私はチャンスだと思って、それに賛成するようニコラスを促したに過ぎない。


 舞踏会では姿かたちに教養さえも求められる場だ。

 でも今のサンディーは社交会に出させてもらえない。

「その代わり、彼女を加護している風の精霊がいろいろ仕込んでたから、どこに出しても恥ずかしくない完璧な淑女よ」

「風の精霊⁉」

「うん。サンディーのお母さんも妖精に愛された人らしくて、亡くなった後に精霊になったの。彼女は精霊が母親だとは知らないけどね。知られたら消えちゃうし」

「はあ、なるほど?」

 ロディーは目を丸くしている。

 そりゃあそうだろう。精霊になった人間なんてめったにお目にかかれるものではないのだから。


「でもさ、それならナージャはなんで箒で飛んでたんだよ。今の話だと、どう考えても一人で霧の向こうに行ってたんだろ」

 一人じゃなくて妖精三人と精霊飛竜を含めた団体さんよ――とは、怒られそうで言えない。

「それはもちろん、魔法使いの役を果たすためよ。風の精霊とも約束したの。サンディーを舞踏会に行かせるって」

 だいたい、なんでそんなに私を霧の向こうに行かせたくないのかな。


 素材収集で霧の向こうに迷い込むことはよくあることだ。

 チナミおばあちゃんがいたのとは違う国らしいけれど、大人になると行けなくなる人のほうが多い不思議な世界。向こうの人たちは、そばに妖精がいても見えないから魔法も使えない。そんな世界は危険だとも言われているけれど、貴重な素材の宝庫でもある。


 私はチナミおばあちゃんに似てるせいか、今も簡単に向こうに行ける。

 もちろんお父さんに内緒だけど、ハリーたちがついてくれてるから心配ないのに。


 とはいえ、やっぱり悲しそう……いえ、心配そうなロディオンに笑いかける。

 頼りないと思われたら、彼は安心してここを離れられない。それを考えると胸の奥がチクチクするけど、私は気付かないふりをした。


「でね、報酬って何だと思う?」

「報酬?」

 これは仕事だ。

 そのことに気づいたらしいロディーは、少し顔をしかめたけど無視。

 これは私の夢でもあるし、希望にもつながっている一石二鳥の案件なんだから。

 だって――

「報酬は月の雫。これが手に入れば、妖精たちがたくさん戻ってくるわよ?」

 そう、おばあちゃんが元気だったころのように。

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