第2話 ねえ、シンデレラの物語を覚えてる?
ロディーが持ってきてくれたビスケットを食べて、やっと人心地がついた。ビスケットはちゃんと温め直してあったし、大好きな蜂蜜も付けてくれたから大満足の
六歳のときからうちで働いてくれているロディーは、私と年が一歳違いということから、何かと一緒にいることが多かった。
私の遠い親戚ってことになるのかな。
お母さんの伯母さんの嫁ぎ先のお姉さんの旦那さんの従姉妹の子ども――だったっけ? お店では見習いとして一緒に学んだし、一緒に練習も沢山した。
もちろん字も計算も作法さえも、競うようにして学んだ。
おばあちゃんからは彼も孫の一人みたいな扱いだったこともあって、私はお姉ちゃんになったみたいな気持ちだったんだよね。
彼はこの地方の習慣に則って、十二歳からさらに違う店に修行に行って、おばあちゃんが亡くなったのをきっかけに十五歳で戻ってきてくれた。本当はあと二年修業期間があったのに。
でもね、戻ってきたロディーは、かつての可愛かった姿はどこへやら。
背は伸びてるし声は低いし、なぜか私の兄貴ぶるしと、正直なところ「あんた誰?」状態だったわ。
そんな彼も十七歳。
明るめの茶髪に藍色の目のロディーは笑うと人懐こい感じになって、子供のころから接客をすると評判がいい男の子だった。今はそこに男っぽい印象が加わって、町の女の子にもひそかに人気があるらしい。
怒ってるときの顔は怖いんですけどね!
さっきも箒に乗って窓からこっそり戻ったところを見つかって、行儀が悪いとか帰りが遅いとか、色々こってりお説教してくれたけどね!
そんな彼に、最近どうも、かなりいい縁談があるらしい。だからうちにいてくれるのもあと少しなんだろうけど……。
心の中でこっそり長いため息をつく。
「ロディーもそういうお年頃だものね」
思わず呟くと、私の心の声など聞こえるはずもないロディーは不思議そうな顔になる。
そんな顔は昔のままだなぁ、なんてしみじみ思っていると、
「じゃ、話を戻そうか」
と、ニッコリ笑われてしまった。うう、お説教反対。
「まず一つ。窓は出入口じゃない」
「はい」
窓から箒にまたがったまま飛び込んだのを目撃されてるから、言い訳なんてできません。お父さんに見つかったら卒倒されてしまうかもしれないものね。
かなり年がいってからの一人娘なせいか、過保護なのよ。
「次に、その箒は古くて危険だ」
「大丈夫よ、ハリーは元気だもの」
ハリーは箒に宿っている精霊の名前だ。
でも自信満々にそう言った私に、ロディーは少し悲しそうな顔になる。
「でも、もし帰ってこられなかったら?」
「だから大丈夫だって」
さっきから繰り返されている押し問答。
また正座させられると困るから、私は慌てて妖精たちを呼んだ。
「リリ、ユユ、モモ!」
上に向けた掌から、ポポンと妖精たちが飛び出してくる。よかった、さっきまで寝てたから呼べなかったんだ。
小さな妖精たちの姿に目を丸くするロディオンに、私はにっこりと笑った。
「リリ、ユユ、モモ。
「「「♪」」」
鈴が鳴るように返事をしてくれた妖精達は、古ぼけた箒の周りをくるっと飛び回る。すると箒から飛竜が姿を現した。彼がハリーだ。
「ね、元気でしょう?」
でもロディーはしばらく唖然とした後、何があったんだと私の肩を掴んできた。
パクパクと口を開け閉めするだけで声が出ないらしい。
うん、まあ、二年前は灰色のよぼよぼ竜だったからねぇ、気持ちはわかる。でも活力満タンの今なら、まだまだ若い二百歳。年相応のピチピチ飛竜よ?
「久々に妖精の元気な姿を見たのに、反応がそれ?」
「だ、だって、チナミさんが亡くなってから、彼らは眠ったりどこかに行ったりして、姿をほとんど見なくなってしまったじゃないか」
たしかにそうだ。
この子たちはチナミおばあちゃんの仲良しさん達で、おばあちゃんが亡くなった後は眠ってしまっていた。今でも睡眠時間は長い。それでも、
「私を認め始めてくれてるってことよ」
妖精は好き嫌いが激しいけれど、好きになってくれるととても心強い味方だ。
いくらおばあちゃんに似ていているといっても未熟な私では、妖精たちの希望に応えることが出来なかった。
素敵なものを思い描き、形にする。
それがこの子たちの願いであり楽しみ、そして生きる糧。キラキラしたものがなければ消えてしまうから、ずっと眠ったりどこかに避難して待っていてくれた妖精たち。
まだ目が覚めたのはこの四人だけだけどね。
「ねえ、ロディー。シンデレラの物語を覚えてる?」
「あ? ああ」
「さっきも言ったけど、私、シンデレラに会ったのよ。王子様にもね」
「は?」
「だから私、この子たちと一緒にシンデレラの魔法使いになるのよ!」
「はあ?」
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