第3話 Pinkのヒロインその名はポリ子
「まあまあ、この件は難しいんだよ。何しろ相手はゴールデン・ユーラを始末するだけじゃなくて、しまいには鉄道とクルマも一緒くたにしたいってハラだからな」
「あん?」
小倉まみれの親子丼やローストビーフ丼をムシャつきながら、巨大小学生ヒジリ君とリアルサムライ椿さんがモゴモゴと相槌を打つ。
「パーフェクト・トヨタは鉄道事業にも参入したがってる。いよいよトーカイドー(JR東海道530000ネクスト)がジャマってわけだ。だから合同会社を作るていでノウハウの吸収と業界への介入を果たして、しまいには設備や資金も融通することで内外から食い込んで乗っ取っちまうつもりなのさ」
「それとコレと何の関係があるのだ」
「あの暗黒街さ。あそこにパーフェクト・トヨタ側のナゴヤ駅を作ってしまいたい。でも立ち退きを求めたところで不可能だろうし……どうせタダじゃ済まないなら」
「派手にやろうってわけだ」
「そ。如何にも、ナゴヤのやり方だろう?」
外部の人間に始末させ、どれだけ派手にやらかしても自分たちは直接責任を負わずにカネを出してコトを収めて、あとはサラ地にして好きに使うだけ。俺たちはカネさえもらえりゃ文句は無いし、パーフェクト・トヨタに骨の髄まで支配されたマッドナゴヤでは警察も消防も新聞やニュース媒体も「ネット民の反応」とやらも、みんなパーフェクト・トヨタの思いのままだ。誰に憚ることも無い。ただ体裁のために表向きは無関係である必要があって、その方が都合のいい連中が居る。それだけのこと。
目指すはマッドナゴヤ腐敗の中枢、暗黒街テリブル上前津だ……!
テリブル上前津。インランドエンパイア新栄やブルーベルベット大須、ニューナゴヤ駅周辺にも近い好立地ながらユーラの勢力が根城にしたことで暗黒街化が進み今やマッドナゴヤ随一の狂いっぷりを見せている場所。
もはやそれは貧困と暴力と狂乱の見本市のようなもので、犯罪者とカタギの人間の比率が完全に逆転していることもあり、マトモに暮らすことなど不可能とまで言われる場所に成り果てていた。生体部品を使用し作られた粘膜サブウェイが地中駅で蠢いている。精力剤・媚薬・痔ろう薬のアカギレ堂、というヒビ割れて落書きだらけの広告看板に毛細血管が浮き出て脈動する。
テリブル上前津を牛耳っているのはユーラの用心棒でありステゴロなら世界最強とも言われるケンカ屋、ダン・マッケンタインだ。ユーラはマッケンタインの経営するカンパニーの外部執行役員という形で実権を握り、何処ぞの隠れ家から指示を送っているという。つまり、まずココをブッ叩かなくては流血王の元へは辿り着けないってわけ。
「難儀であるのう」
「その真っ裸(ぱだか)バレンタインってのは、そんな強(つえ)えのカァ」
「マッケンタインだよ。ああ、強い。俺だってマトモにやったら勝てるか怪しい。何しろ戦前から素質を見込まれて徹底的に鍛えられた挙句、戦時中に行われてた軍人武闘会じゃ無敗のまま終戦を迎え、その後はユーラの組織に加わって暴れてる。つまり一度も現役を退いてないんだ。ケガや故障、病気もなくコンディションの谷が無い。無事是名馬なんて言葉もあるが、アイツのタフさは桁違いだ」
「他には?」
「マッケンタインの共同経営者、要するにユーラの金づるが居る。アルフレッド・レインリッチ、通称雨降り成金って呼ばれてる奴だ。コイツは戦地に傭兵を派遣する会社を立ち上げて財を成したんだが、その時に随分と恨まれてたみたいでな。えげつない商売してやがったんだろう」
「兵隊を売って恨みを買ったわけであるな」
「そーゆーことになるな」
「取り巻きどもを一網打尽ってわけだァ」
「そーゆーことになるな」
「では、参るとしようか」
粘膜サブウェイのテリブル上前津駅はマッケンタインの経営するテキサスカンパニーの持ち物であり敷地内にあった。つまり既に敵の陣地に乗り込んでいる……というよりは、地下鉄の方が乗り入れを行っているということになる。
「便利な世の中であるのう」
「オラァ通勤列車て初めて乗ったダヨ」
確かに殺し屋を仕事とすれば、こいつは立派な通勤列車だ。ただし乗るには片道切符しかなく、しかも地獄行きの各駅停車だ。
「……! の、……かぁー! に、なってえー!」
「ヒジリ、なんか言った?」
「うんにゃあ、オラァ何(なん)ぬも言ってねえダヨ」
「拙者でも御座らん。それに、何やらオナゴの声だったような」
「ナニ、女の子!? 何処だ!!」
「あっ、ウノさドコ行くダ!」
「まったく、あやつの助平にも困ったもんじゃわい」
「オトナは汚ネエだナァ」
荒廃した無人の駅の何処かから微かに聞こえたのは、女の子が助けを求める声だったんだ! 俺としたことが、さあ待ってろよ! 今行くぞ! 今来るぞ! 俺が!! こっちだ!
「誰かあー、お助けになってぇー!」
「あっ!」
そこにいたのは、異様な風体の、しかし可愛い可愛いも二つオマケに可愛い可愛い女の子に相違なかった。閉鎖された売店ブースのシャッター式フェンスに閉じ込められていたのは髪の毛は真っピンクのオカッパ頭。目の部分にはPOLYSICSのサングラスみたいな横一直線のアイセンサーが埋め込まれており、ちんまり可愛い鼻、プルプルリップのおちょぼ口。雪のように白い素肌を包みこんでいるのは白い夏物のセーラー服。その下は紺色をした所謂スクール水着というやつで、下には黒いタイツを穿いて……フェチが渋滞しているどころか高速道路のトンネルで火災を起こして煮詰まっているようだ。
しかし、まあ、可愛い! なんて可愛らしいんだ。フェンスにしがみつく両腕の袖口から黒々とした腋毛がチラチラ見えているのもサイコーにイイ!
「あ、あの、あたくしをお助けになってくれませんこと?」
オカッパ美少女のアイセンサーは電光掲示板のようになっていて、今まさに
「><HELP!><」
の文字が左から右へ流れて行った。そのあと何故か
日 清 紡
とか
◆毎日新聞ニュース
なんてのも流れて行ったが、気にしない。
「ああ、勿論だともセニョリータ! ウンモーメンッポルファボーール!」
流暢なスペイン語が口をついて出るころにはシャッター式フェンスの解除ボタンらしきものが見当たらず、構内の電源が落ちている様子もないが、生体部品が使用されているだけあって供給が不安定なのかもしれない。と見当をつけていた。つまり蹴飛ばして開けることに決めたのだ
正攻法がダメなら仕方がない。売店の持ち主も居なくなったことだし、いいだろ。いいよな。うん、いいよ!
「どいてろ! ねぇちゃん!」
「え、あの」
「あぶねえぞ!」
「でも」
「いいから離れろって!」
「あの、あたくし」
「行くぞ!」
「オトコなんですけど!」
「……は?」
は? と思った時には遅かった。体は半身に開き、一歩踏み込んだ右足を軸にして左足の足刀でフェンスの要部分を蹴り込んだ。ショーン・マイケルズばりのスイートなミュージックの代わりにガキッ! とバシャッ! の混じった音がして金属パイプがへし折れた。支えを失ったフェンスがバンバラバッシャーン! と崩れるのと同時に、俺の混乱した脳味噌も崩れそうだった。
「お、オトコぉ??」
「は、はい。でも、あの、お陰で助かりました。有難う御座います。でも、イヤですよね、怒ってますよね。騙すつもりじゃなかったんです、あの」
「なんで? サイコーじゃん」
「へ?」
「こんなかわいいのに、おちんちんまで付いてるなんてお得じゃん! サイコーだよ君!! えーと、お名前は……?」
「え、あ、ええええ、お得……? な、名前は……無いんです」
「へ?」
「あたくし、まだ名前が無いんです」
「そうなのか。じゃあ何て呼ぼうか、ポリ子ちゃんにしようか」
「ぽ、ぽり……?」
「そのお目々、POLYSICSみたいでいいじゃん。だから、ポリ子ちゃん」
「ぽ、ぽりし……?」
「そんなことより、なんで閉じ込められてたの? いったい誰に……」
その時。俺の背後に忍び寄っていた何者かが、すっと気配を消した。そして一瞬のち。
「ぐわっ!」
俺の胴体に腕を回したソイツの手首をねじるようにしてクラッチを切り、そのまま体を入れ替えて左の手首を極めながらソイツの背後に回り込んだ
「よぉ、邪魔するぜ」
「邪魔するなら帰ってやー」
「はーい」
おっと! ポリ子ちゃんのひと言に乗せられて、ついヤツの手を離しちまった。しまったしまった
「島倉千代子!」
「言うなーっ!」
土曜日の昼飯時じゃあるまいし。体勢を立て直したヤツは左手をブラブラさせながらしかめっ面をコッチに向けた。お前のマズい顔なんぞ見てる暇ァねえんだ。
「オイ、お前はマッケンタインとこの社畜か!?」
「……」
「睨むなよ、お前さんじゃなく社長に用があるんだ。通してくれ」
「……」
「そうかダメか、じゃー仕方がない。な?」
「ンダ」
「是非もなし」
遅れて合流した二人もポリ子ちゃんを見て驚いたようだが、目下の押し問答に矛先を向けた。というか椿が文字通り刀を抜いて切っ先を向けていた。
「参る」
社畜の右足が地面を擦るようにジリっと動いた瞬間。バッサ……という音と共に椿が社畜とすれ違った。そしてそのまま社畜の体は腹から横一文字に両断され冷たいタイル張りの床に転がった。
「さて、じゃあ行こうか」
「そちらのオナゴも一緒か」
「ああ、可愛いだろ。ポリ子ちゃんってんだ」
「オラァ篁 聖ダァ、よろしく頼むダヨ」
「拙者は椿。よしなに頼む」
「え、あ、よろしいんですの? あの、あたくしポリ子と申します。不束者ですが、なにぶん可愛がってつかあさい……」
これで役者は揃った。さあ、仕事を始めよう!
この狂った街、マッドナゴヤの大掃除だ。
マッドナゴヤ ダイナマイト・キッド @kid
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