第2話 マッドナゴヤの流血王
──間もなくニューナゴヤ、ニューナゴヤで御座います。お出口は128号車までは左側、それ以降の車両は右側です。お忘れ物の無いようご支度願います。お乗り換えのご案内を申し上げます……。
「おっ、ヒジリに椿、そろそろ降りる支度だ」
「へ? でもニューナゴヤって」
「ああ、そうか」
狂った街マッドナゴヤの中心部に聳え立つツインタワーと巨大なターミナル駅。全長5キロを軽く超すロングロングエキスプレスを当然の如く丸飲みにして収容出来るそこはトーカイドーが小さな街をまるごと一つ買い取ったうえに全面的に作り変えたもので、旅客駅機能のほか飲食店街やホテルにバスターミナル、地下鉄や近在私鉄の乗り換え口、さらには病院や空港に直結する動く歩道とレールバス、大名古屋山脈を越えてベルスタッガーやフォーデイズマーケットに向かうケーブルカーの発着場までもが整備されている。
また港湾地域まで直結のベイサイドエクスプレスに乗り換えることも出来、そこから船で各地に渡ることも可能だ。
そうそう、ニューナゴヤとマッドナゴヤだったな。
「マッドナゴヤってのは俗称っていうか、ホントはニューナゴヤが正しいんだ。だから駅もニューナゴヤってんだけど、この街を出てった奴も、この街に住んでる奴も、この街を憎んでる奴も恨んでる奴も、みんなココのことはマッドナゴヤって呼ぶんだ」
「どうしてだぁ?」
ウノは苦虫を嚙み潰すような顔で吐き捨てた。
「……狂ってるからさ。何もかも。何もかも、な」
「お主の故郷だと申したな、ウノ」
「ああー、そうとも。麗しの故郷、忘れがたきふるさと!」
渋面を崩し、おどけて歌いながら手振りまで付けてみたが……実際のところ気分は最悪だった。そもそも、じゃあ何故そんなニューナゴヤもといマッドナゴヤに里帰りなどするのかと言えば
「ここに、アイツが居るのかあ」
「ふむ、諸悪の根源というやつであるな」
「アイツだけは生かしちゃおけねえ」
この国はかつて、二度の大戦争によって国土のほとんどが焼け野原になった。
百年戦争と呼ばれたそれはもはや開戦の理由も終戦と決着すら誰もわからない戦争で、しかし殆ど例外なく都市やインフラ、それに国民の生命や生活はキッチリとメタクソに破壊された。
非正規雇用者や貧困層の蜂起だとか、外国人労働者を扇動した奴が居るとか、憂国の志士が集まっての下剋上だったとか、まあ色んな説だけは幾らでもある。
が、そんなことはもう如何でもいい。問題はその後だ。
復興を目指し国土再建を掲げた中央政府であったが、戦争により安価かつ人権のない労働者を失ったことで「労働が宗教で経済が神様」とまで言われた政権与党が予算委員会をボイコット。その代りに大々的に発布されたのが敢えて強制力を持たせない
「あらゆる国民生活を支える人々へのさらなるご協力の要請と感謝の表明」
だとか
「国土復興ボランティア志願者大・大・大募集」
と言ったものであった。経済危機や戦争の真っただ中ですら通り越して国全体が殆ど焦土と化した、この期に及んでもまだ馬鹿の一つ覚えの如く繰り返される搾取と緊縮に反発したのは、なにも貧しい人民だけではなかった。
「ゼニが無けりゃあ国もヒトもありゃせんがや!」
これこそが超絶的モンスター土着企業パーフェクト・トヨタの最高権限責任者であるトヨタ・天童が掲げる、もう一つの国土再生&経済復興に向けた大号令だった。
二度の戦争は国内のあらゆる都市とインフラを破壊したが、実はごく一部の地域だけ例外的に軽傷で済んでいたのだ。そう、それが現在のマッドナゴヤ近郊だ。
この地域一帯はパーフェクト・トヨタの前身だったトヨタ自動車の時代から実質的にはイチ私企業の完全支配下にあり、各地に点在する部品工場と組立工場と試験場とディーラーから委託の修理工場、さらに従業員の宿舎、それを当て込んだ商店や娯楽施設までがあらゆる自治体の境界や河川、山地すら超えて高規格道路と網の目のような国道・県道で結ばれた巨大な自動車工場として稼働していた。
そして自動車以外のインフラの大動脈であり毛細血管のように走る鉄道網を司るJR東海道530000ネクストの本拠地も、ここマッドナゴヤだった。そのために国内で勢力を二分した大戦争もナゴヤ近郊でだけはドンパチ出来ず、また許されることも無かった。ナゴヤは東都の聖域も各地の名所旧跡や国宝、文化財すらも差し置いて殆ど無傷のまま終戦を迎えたのだ。
そして国が弱ったうえ「トロくさい」政策に終始していることをいいことに、トヨタ・天童は超絶的モンスター土着企業パーフェクト・トヨタの君臨と支配を宣言。国の権限をも寄せ付けない実質上の独立国家の運営母体として狼煙を上げたのだ。パーフェクト・トヨタと名乗ったのも、この時からだ。
一方でJR東海道530000ネクストも黙っては居なかった。パーフェクト・トヨタなどと名乗りを上げたところで単なる民間企業に変わりはない。それによって都市名まで勝手にニューナゴヤと改称されても、その中心地に本拠地でもある巨大な鉄道駅と本社ビルを有しているのはコッチの方だ。
そこで、まずロングロングエキスプレスの建造とそれに伴う軌道の大改造工事、それと並行して鉄道駅にホテルや病院、商店などの都市機能を備えた棟に本社機能を司る棟の二棟が並び立つ「大ナゴヤツインタワーリングインフェルノビルヂング」の建設を始めた。技術者も労働者も現場監督も出入りの業者から朝昼晩三食の配達に来るお弁当屋さんに至るまで、兎に角トーカイドーは有り金を惜しまず投入し、札束で殴るどころかマウントポジションから両手に持った札束で往復ビンタをカマす勢いで莫大な予算を投入したのだ。
クルマと鉄道、二つの勢力の札束による殴り合いが延々と続く中で、荒廃しきった国土とは対照的にニューナゴヤ近郊だけが急速に発展していった。労働者目当ての開業が相次ぎ活況を呈する繁華街や慰安を供する風俗店、ホテルに酒場に性病クリニックまでが潤いに潤った。
しかし、その札束の大量投入はいわば激烈な副作用を持つ超弩級の劇薬でもあった。そしてその効能は都市の暗部を確実に、ひたすらに蝕んでいった。この白銀の摩天楼を縫うように走る流麗な交通システムを有するニューナゴヤがいつしか、狂った街マッドナゴヤと呼ばれるようになったのもその頃から。復興そして急激な発展を遂げるまで、僅か数十年だった──
長々と説明したが、実はこのパーフェクト・トヨタとJR東海道530000ネクストの対立と都市や運営の腐敗などは如何でも良かった。
それよりも、このマッドナゴヤを暗部から支配することを目論む奴が後を絶たず、俺はそっちの方が気に入らない。確かに狂っていびつな街だが、誰かの肥やした土壌や街を、美味しいとこだけ掠め取って行くような真似は許さない。それに、そんな果実の横取りだけを目論む奴がのさばったところでロクなことにならないに決まっている。
ターゲットは流血王ことゴールデン・ユーラ。そしてその組織。
ユーラなんて小奇麗で可愛らしい名前だが本人は天然パーマのもじゃもじゃ頭をした、でっぷり肥えた銀縁眼鏡のオッサンだ。どっちかというとゴールデンの方が強く押し出されている気がする。
終戦後のドサクサに何処からかやってきて、ニューナゴヤ以前の混乱に乗じて潜り込んだユーラは始め現場作業員や技術者の見習いとして働いていたが、次第に仲間を集めていき徒党を組み始めた。
意外なことにユーラ本人はケンカや乗っ取り、表立っての行動すらも殆ど見せなかった。ウワサによれば殴り合いの喧嘩や銃撃戦などの「実践」の経験は皆無に等しいというほどだ。
その代わりに、ユーラは天才的な嗅覚と強運の持ち主ではあった。強い奴やカネを持ってる奴に取り入って煽り立て、時には二枚舌を用いて双方の対立まで引き起こしておきながら結果と手柄だけは掠め取って行く。それがユーラのやり方だった。多くの仲間やシンパを集めるのと同時に敵や悪評も増やしながら、やがて一大勢力となりニューナゴヤのマッドな闇の世界を牛耳ろうとしている……というわけだ。
そういう奴は、この俺の手で、正義のォ鉄槌をォ、このォ風雲急を告げるゥ、喫緊の危機がァ迫る世界のォ秩序と平和ァのためェ……!!
俺のアジテーションを遮ったヒジリがあっけらかんと言い放った。
「それで、ソイツ殺したら幾ら貰えるんだぁ?」
「うーーんヒジリ君、またチミはそういうことを……」
「確かツインタワーリングインフェルノの真ん中ぐらいの階層にワンフロアをブチ抜いて住めるぐらいは寄越すと申しておったな」
「ああ、その通り。ハナシ半分としても相当な額だ。万がイチ噓っぱちでもマフィアの巣窟にカチ込むんだ、何か金目の物ぐらいはあるだろう」
俺たちは駅コンコースを抜けて改札口すぐの駅ナカ喫茶「Ermitage」に腰を下ろしていた。そこで目下おニューでマッドなナゴヤの現状やターゲットと組織について話していると、目の前に運ばれてきた料理が二皿。オイオイまだ食うのかよ。
「お待ちどうひん。コチラが小倉ローストビーフ丼になりまひん。コチラは小倉コーチン親子丼ですひん。ごゆっくりどぞですひん」
給仕にきた女性は三十歳そこそこで、どうやらヒン族の人間らしい。マッドナゴヤには富と欲望を満たすだけでなく、日々の真っ当な仕事と給料を求めて各地から色んな人々が押し寄せていた。だが多くの場合は門前払いを食うか、潜り込んでも騙されたり絞られたり、下手すれば殺されるだけだ。まだフツーにちゃんと働けているだけ、彼女は幸せなのだろう。それにしても
「むっ、これは」
「ウヘェーッ、甘(あめ)ぇぞう」
……だろうなあ。この街で生まれ育った俺ですら、そんなものは食べたことも聞いたことも無かった。あとから観光用にイメージ先行で考え出されたナゴヤ名物なんだろう。
何しろナゴヤの連中と来たら小倉あんが何より大好き。下手すると小豆相場を左右するレベルで日々あんこを食っているとまで言われていたが、実際に二度にわたる大戦争の真っ最中でも小豆相場だけは安定した推移を見せていたことで図らずもそれが実証されてしまったことがあるくらいだ。
そのぐらい、あんこが好きな土地柄であるとはいえ……お前、そりゃ、小倉コーチン親子丼て。ワヤだでいかんわ!
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