第35話 ルブレの師匠

 今までサキュバスは一歩も動いていなかったが、一瞬で俺との間合いを詰め、左手で鎌を俺の頭部に振り下ろしてくる。

 剣で受け止めようとしたが、サキュバスは右手から黒い煙を俺に放った。

 ほんの一瞬の死角で、サキュバスの姿が突然消えた。

 俺の背後にいる。

 サキュバスの鎌は、俺の足の直ぐ傍にある。

 気づいたのが遅かったが、それよりもサキュバスの攻撃自体は目で追えるが、体が全然追いつかない。

 反応する事ができず、俺の両足は振り払われた鎌で瞬時に刈り取られた。

 痛みは無いが違和感はある。

 切断された両足は何故か、ス~っと消えた。

 まるでダンジョンのミミックが消えた様に。

 ものの数秒で勝負は決まった。

 格が違うのは分かっていた事だが、結果は俺の圧倒的な敗北となった。

 

「ネクトをいじめないでーーーー!!!」


 ルブレが猛突進してくる。

 シロロンの入ったバッグは無く、どっかに置いてきた様だ。

 猛突進とはいっても、ルブレの背中には小さな翼が生えていて低空飛行している。

 その動きをサキュバスが見逃すはずもなく、ルブレより更に速く移動する。

 少しでも瞬きをしたら見逃す速さでだ。

 

「ルブレ!!真上だ!」


 俺が叫ぶが届かない。

 サキュバスはそのまま空中で、ルブレの頭を勢いよく片手で押さえつけた。

 ルブレは地面に激突し、擦りつけられ暫く前進するが直ぐに止まった。周囲の地面は深くえぐられている。


「サキュバスやめろーー!!ルブレは関係ない。俺に巻き込まれただけだ」

 

 俺は叫びながらルブレの近くに行こうとするが、両足がないので遅く、腕の力だけで這いずっている。

 その様子を見てサキュバスは、ルブレを押さえていた手を退ける。


「勘違いしないで欲しいわね。これじゃあ~私が悪者みたいじゃない。私が殺そうと思えば一瞬で殺せたのよ。それに、サキュバスって呼ぶの止めてくれる?人間が勝手に作ったあだ名みたいなものだしね~私にはリアン、という名があるのよ」

 

 サキュバスはリアンと名乗り、何事も無かったかのように、こちらに話しかけてきた。

 考えてみると確かに、リアンなら一瞬で俺を殺せるだろう。

 でもだからと言って、この状況の目的が全く分からない。

 ルブレはゆっくりと上半身を起こす。

 顔には無数に傷がついているが、それもみるみる直っていく。

 というか、それだけで済んだのか?

 あの衝撃なら顔が無くなってても不思議じゃないのに・・


「リアン、目的は何だ?ここまで俺を追い込む理由はあるのか?」


「理由ね~貴方が変わっているからかしら。猫の魔人の話は別として、ネクトが親に捨てられたのは間違いないのよ。その証拠に、再生も碌に出来ないじゃない。でも捨てられたから変わっているのではなく、その魔力で捨てられたのが問題なのよ。親は子を魔界に連れて行く義務があるの。ただし、一定の速度で飛べるのが条件でね。その為、7日である程度の見切りをつけるの。でもネクトの場合、教えれば飛べる魔力を持っているのよ」

 

「いきなり言われてもな~理解が追いつかないよ。親に捨てられた?というより、サフィルは1時間かそこらの説明で居なくなったが・・それに、リアンの目的は未だに分からない」


「慌てないで。ちゃんと説明するわ。まず、ネクトは再生ね。魔力を高めて、足の再生をイメージすれば出来るはずよ。再生のスピードは慣れれば早くなるわ」


 俺は言われた通り魔力高めた。今度は全力で解放した。

 そして足が再生するイメージをする。

 一度腕を失っているので、イメージは簡単にできる。

 すると、あっという間に足が生えてきた。


「へぇ~あの魔力が限界じゃなかったの。ここでは人間が来るわ。ここから北西に行って、そこで説明するわ」


 リアンはそう言って、先に北西に飛んで行った。

 俺はルブレに近づき


「ルブレ、大丈夫か?無理するなよ。やられたかと思ったぞ。取り敢えず、リアンは俺等を殺そうとはしていない。言われた通りに北西に行こう」


「うん。待って、シロロン置いてきたから連れてくる」



 リアンが向かった北西は、荒れ地で草が生えているが馬でも行けるので、モリーを口笛で呼ぶ。

 切断された俺の足は消えたが、靴は消えていないので履きなおした。

 直ぐにルブレも戻って来たので、モリーに乗り北西に行く。

 1時間程走った所でリアンが待っていた。

 到着するとリアンは、俺に服を着替えろとズボンを差し出してきた。

 そしてローブをよこせと言ったので、戸惑いながらも渡した。

 ルブレも背中がざっくり破れていたので着替えさせられていた。

 リアンはローブの破れた箇所を、魔法であっという間に直した。以前破れた腕も含めてだ。


「ネクト、これが珍しいの?こんなのは生地があれば魔法で直すだけよ。そんなことより、ネクトの親は何考えてるのかしら。理解できないわ。このローブはね、魔人の弱点の胸の部分だけは頑丈に作ってあるの。私でも手こずる程にね。一瞬で殺せるって言ったのは嘘よ。殺すつもりは無かったけどね」


 俺にとってリアンの魔法はどれも興味対象になるので、物珍しく見ていたのだと思う。

 そんな俺に対して、リアンは親切に教えてくれた。

 それにしても、このローブにそんな凄い魔法付与されているのか。

 確かに俺の事を捨てるなら、そんなめんどい事をする必要ないしな。

 でも待てよ。


「ローブはつい最近魔法鑑定したけど、何も分からなかったが・・ちょっと待って。これも見てくれる?」


 俺は以前、ローブの中に着ていた片袖の無いシャツを、アイテムボックスから取り出しリアンに見せた。

 リアンはシャツを手に取り、魔法で袖を直してくれた。


「面白いわね。これも胸の部分がローブと同じ様に作ってあるわ。恐らくローブの前が開いてる時の対策ね。これを作れる管理者に、心当たりがないのよね~不思議だわ」

 

「師匠、お仕置きは・・・」


「悪い事すれば、当然お仕置きはするわよ。それよりも、ルブレ達に会いに来た説明が先ね」


 これまで黙って大人しくしていたルブレは、しょんぼりしている。

 肩にはシロロンが乗って、ルブレの顔をペロペロ舐めている。

 その様子を眺めながら、リアンは今回の事を説明してくれた。

 ある筋から、人間離れした奴が町で暴れている。

 町の住人は追跡はしたが見失った、との情報が入った。

 そこでリアンがその人物を探しに来た。

 すると、ルブレとネクトだったという事だ。

  

「私はルブレの親よ。出来れば子を殺すことはしたくはないわ。そこでネクトだけ殺そうと思ったけど、魔力を見て気が変わったわ。落者はある意味自由なの。人間界でも魔界でも、どっちに行っても良い。それには理由があって、人間界は直ぐに飽きるし、魔人にとっては居心地が悪い環境なのよ。だから放置しても、いずれ人間界に飽きて魔界を目指すか、環境に順応できずに罪を犯し殺されるかなの。そこでネクトに聞きたいけど、貴方は何がしたいの?」


「俺は自分自身の事、魔人の事が知りたい。出来ればリアンから教えて欲しいが、無理なら魔界を目指す。でもそれは目的の一部でしかない。俺には夢があって、世界の根源や真理とかに近づきたいと思っているのさ」


「なるほどね。ネクトの強さが少し理解できたわ。ウフフ」


「強さ?俺の探究と強さに何の関係もないが・・」 


「独り言よ、気にしないで。私は魔界に行く手助けならするわ。でも魔人の事を知りたいなら、魔界に行くのが一番よ。特に貴方は変わってるからね。さっきも言ったように、7日様子をみて魔界に連れて行けると判断したなら、親と子は一緒に魔界にいくの。貴方達は7日過ぎているから、魔界には自力で行くしかないわ。そこでネクトに飛ぶ事を教える代わりに、ルブレも一緒に魔界に連れてって欲しいの」


 なるほど。ルブレの為の親心ってやつか。

 これでリアンの目的が分かった。

 俺は勿論承諾した。

 ついでに、今までに聞いたリアンの話で分からない事を聞いてみた。

 ある筋から聞いたとか、俺が変わってるとか。

 リアンは


「魔界に行けば分かるわ。そんな事、全部答えてたら何十年掛かるか分からないわ」と言って教えてくれなかった。


 そして飛ぶ事を教えてもらおうとしたが、また1つ問題が起きた。


「ルブレ。さっきから気になっていたけど、そのドラゴンの幼体どうしたの?」

 

「なんだと~ドラゴンの幼体だって?リアンはどうして分かったんだ?俺の鑑定魔法では種族は分からなかったぞ」


「シロロンはドラゴンなの?エルゴで買った~」


「ちょっと、2人同時に喋らないで。首都エルゴでドラゴンを売ってるですって?」


 俺はシロロンを買った経緯をリアンに教えた。

 

「なるほど。いいわ、ドラゴンの件は私が調べとくわ」


「師匠~~シロロンはどうなるの?」


「ん~~まあ害がないのであれば、魔界でなら問題ないと思うわ。前例がないから確かな事言えないけど、でも人間界なら難しいかもね。今は小さいからいいけど、凄く大きくなるからね」


「そうなんだ・・・・」


「ルブレ。魔界なら問題ないって言ってくれたんだ。信じるしかないだろ?首都エルゴの事もあるから、シロロンと仲良くして、攻撃的にならない様にしないとな」


「うん」


 それからリアンに鑑定魔法の件は、まだ修業が足りないと言われた。

 

 ようやく落ち着き、飛ぶ事を教えてもらう事になった。

 リアンに見本を見せてもらうと、直ぐに浮くことは出来たが、バランスを保つのが難しかった。

 俺には翼がないからリアンのやる事を真似ても、どうも上手くいかなかったので、独自にバランスの調整をした。

 聞いてみたところ、翼は飛ぶことに特価している訳ではなく補助程度で、防御とかにも使うのだと言っていた。

 

 何だかんだで丸1日掛けてまともな飛行ができるようになったが、速さは全然遅いと言われた。

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マジでまじん 米央 @komeo

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