猛暑

是又人生

第1話

暑い。


今日も朝から蒸し暑い。

最近の暑さは異常だ。

子供の頃、夏休みになると母親から朝の涼しいうちに勉強しないさいと言われていたが、今はそんな教えは通用しない。

早朝のラジオ体操も下手するとみんなバタバタと倒れてしまいそうな勢いだ。


いつからだろう、こんな日本、いや、こんな地球になったのは。


世に言う地球温暖化?

原因は何だ。

文明の副産物?

日常生活における様々なものの発する熱廃棄が原因なのか?


いや、待てよ。

本当にそうなのだろうか?

そんな簡単な話では無い気がする。

実は、得体の知れない生命体による攻撃だったりして。

これは、我々地球人を破滅させて地球を乗っ取ろうとしている異星人の仕業かも。


そうだとすると、これは一大事だ。

なんとかしなければ。

早く、異星人を倒して、地球を守らなければ。

でも、誰が守ってくれる?

仮面ライダー? ウルトラマン? ゴレンジャー? ケンシロー? ガンダム?

それともEXELE?


最後は論外として、そんなヒーローなどどこにも実在しない。


とりあえず、交番に行ってみるか。

いや、急に地球を守ってくれなどと言ったら、きっと頭のおかしい人間に思われるだけだ。


どうしよう。

誰かに頼ろうとするからいけないのだ。

よし、決めた。

こうなったら俺が異星人からこの地球を守る。


そう考えると、清々しい気持ちになった。

でも暑いものは暑い。


異星人を倒すと言っても、さて、何から手を付ければいいのだ?

敵のアジトは?

俺一人で大丈夫なのか?

考えれば考えるほど、疑問だらけなことに気がついた。


さすがに、一人は心細い。

まずは、仲間を探そう。


と言っても、なかなか候補が思い浮かばない。

果たして、この壮大な決意に共感してくれる人がいるだろうか?

だいたい、どうやって説明すればいいのだ?

聞く耳持たないか、聞いてくれたとしても、失笑しながら「はい、はい」とあしらわれるのがいいところだ。


困った。

これでは、仲間探しだけでも時間が掛ってしまう。

その間も敵の侵攻が進むではないか。


でも、やっぱ一人では不安である。


ふと、足元にキックが擦り寄って来た。

キックとは飼っている三毛猫である。


そうだ、キックを仲間にしよう。

パーマンの仲間には猿がいるくらいだ。

猫が正義のヒーローの一員だっていいじゃないか。


キックが「ニャーッ」、いや「ラジャー」と鳴いた。

、、、気がした。


不安だらけだが、とりあえず一人と一匹で始めよう。

そのうち、賛同してくれる人が出てくるだろう。

そうすれば、なんとかレンジャーと名乗れるだろう。

全く根拠のない自信である。


次に、ヒーローにとって大切なことは何だろう。

そうだ、格好である。

大概、ヒーローはカッコいいコスチュームを着ているものだ。


あれは、どこに売っている?

デパート? ユニクロ? ドンキ? ローソン? 案外使い捨てで、100均だったりして。

いや、戦いに耐えないと駄目だから、安いわけが無い。

やっぱ、オーダーメイドか?

オーダーメイドになるとお金も掛るし、発注するのも恥ずかしい。

ひとまず、家にあるもので考えよう。


タンスの中を漁った。

しかし、イメージに合うものがなかなか見つからない。

身体にフィットして、動き易く、できればカッコいいのがいい。

さんざん悩んだ挙句、スイミングウェアを選んだ。

スイミングウェアと言っても豹柄のブーメランパンツだが。

これなら、フィット感、動き易さともに問題無い。

カッコ良くは無いが、なにより夏にはベストなコーディネイトではないか。

スイミングキャップとゴーグルを着けると、ある程度顔も隠せる。

ヒーローは正体を隠して戦うのがカッコいいのだ。


足元はどうしよう。

この格好に靴は不釣り合いなので、裸足か?

夏のアスファルトをなめてはいけない。

火傷するぞ。

リアルダチョウ倶楽部になってしまう。

ウケないと悲惨だ。

やっぱ、ビーサンか?

途端に動きにくくなる。


身体の露出が多い分、せめて足元だけでも防御しなければという気もする。

戦いの最中、小指をぶつけたりしたら大変だ。

いやマジであれは痛い。


足を覆う靴、、、ブーツ?

さすがに真夏にブーツはおかしい。

シュール過ぎる。

ならば、長靴?

そうだ、長靴にしよう。

これなら万が一のゲリラ豪雨にももってこいだ。


最近は、暑さだけでなく、ゲリラ豪雨という神出鬼没な新たな敵もいるではないか。


そうか、敵は暑さだけと思っていたら大怪我するところだった。


敵は少なくとも二人。


歩が悪いではないか。


たとえ敵が大勢いようとも、怯むわけにはいかないのだ。

追い込まれた後に、形勢逆転、最終的に勝ちを納める。

それがヒーローの美学というものだ。


とにかく、長靴にするのが正解だ。

足元の安全は何よりも優先する。

我ながら気が利くと感心した。


これなら勝てる、、、と自信を深めながら、早速、着替えて鏡の前に立ってみた。

長靴が浮いて見えるが、そこは安全面を重視して目をつむることにした。

しかし、ヒーローにしては何かが足りない。

本当は全然足りないのだが。


上半身が問題か?

裸では不味い。

下半身をスイミングウェアにした時点で、上半身を大袈裟にすると変である。

自分のファッションセンスが許さない。

トータルバランスが重要なのだ。

だって、ヒーローなのだから。


夏に適した格好。

必然的にタンクトップになる。

ただ、なんでもいいわけではない。

色だ。


そうだ赤だ。

ヒーローはたいてい赤を好む。

特にリーダーは。

幸いにも赤いタンクトップが2枚見つかった。


1枚には、胸元に” I am a sluggard.”と書いてあった。

この意味は一体?

辞書を片手に訳してみると、“私は怠け者です”ではないか。

恥ずかしげも無く着ていたと思うと、、、


これでは戦う前に笑われてしまう。

ヒーローには不釣り合いなので却下。


もう1枚には、胸元に”stupefaction”と書いてある。

これはどういう意味だろう?

全く分からない。

辞書を引いてみる。

そこには、“仰天”と記されていた。


なかなかの底知れぬインパクトを感じる。

インパクトが重要なのだ。

だって、ヒーローなのだから。


これなら、敵も驚き、慌てふためくだろう。

なんてったって一言“仰天”である。


あとは、マントか何かを纏えば完璧なのだが。

そうすれば、どこからどうみてもヒーローだ。


マントか。


そんなもの家にある訳がない。


普段の生活において必要無い。


でも、ヒーローにマントは譲れない。


そうだ。

雨合羽ではどうだ。


確か、押し入れの奥にビニール製の透明の雨合羽があったはずだ。


あれならば、長靴と合わせて更にゲリラ豪雨からの攻撃から身を守れるではないか。


雨合羽は見つかったが、子供の頃に買ったものだから、サイズがかなり小さい。


仕方ない。

なんとか上半身ぐらいは守れるだろう。


これなら勝てる、、、また自信を深めていると、キックが「フゥ―ッ」、いや「俺のは」と鳴いた。

、、、気がした。


そりゃそうだ、唯一の仲間なのだからな。

でも、猫用のスイミングウェアなど持っていない。

だいたいからして売っているものなのか?

どちらにしても、お金を掛けられないし、時間も掛けられない。


何度も言うが、こうしている間も敵の侵攻は着々と進んでいるのだ。


昨日なんかは、とうとう北海道にまで手を伸ばしてきている。

札幌で35℃。

これではカニが茹で上がって、カニ道楽も商売上がったりだ。

案外、茹でる手間が省けて楽だったりして。


いや、ゆっくりはしていられない。


花畑牧場の生キャラメルが完全に溶けてしまわぬうちに何とかしなければ。

この危機から救うことができれば、お礼にどこかの支店を任されたりして。

ヒーローも生活があるからそれくらいの夢は見てもいいはずだ。


すまん、キック。

これでも首に巻いておいてくれ。

無造作に床に落ちていた手ぬぐい。

商店街の福引きで当てた5等だ。

不満か?

末等のアブラ取り紙より高価なのだぞ。


広げてみると、手ぬぐいには“めぐろ商店組合”と書いてあった。

手ぬぐいはキックには大きく、何重にも首に巻いたら背中辺りで重なり合い、偶然にも

“め組”という文字が出来上がった。


“め組”

これは、江戸の火消しではないか。

炎のような暑さを武器にする敵を倒すにはうってつけだ。

これなら勝てる、、、またまた自信を深めた。


格好はこれで完璧ということにして。

残る問題は武器である。

家には武器になるようなものが見当たらない。

イメージするのは剣のような刀のような。

しかし、サバイバルナイフすら無い。

カッタ―ならあるが。


これにしようかと思ったが、よくよく考えると、こんなものをこんな格好で持っていたら、即、職質ものだ。

戦う前に警察に捕まってしまっては元も子もない。


ちょっと待て。

そんなことより、やっぱ警察が異星人を捕まえてくれればよいのではないか。

それは無茶な話か。

それができないから、世の中にヒーローというものが創り上げられるのだ。

妙に納得。


でも、カッタ―くらいしか持っていない俺が戦うよりは警察の方が遥かに強いのでは。

やめておこう、深く考えるのは。

正論では語れないのがヒーローなのだ。

でないと、TV局の大人達が困ってしまう。

全国のちびっこ達も一斉にグレる。


やっぱ、丸腰でいこう。

本当に強いヒーローはそんなものだ。

必殺技はブルドッキングヘッドロック。

あれは痛そうだ。

聞こえもいい。

なんか凄そう。


やったことないけど、そこは気合で。

気合が重要なのだ。

だって、ヒーローなのだから。


おっと、忘れちゃいけない。

キックのことも考えないと。

リーダーが丸腰なのだから、基本、丸腰だな。

必殺技?

こういうのはどうだ。


キックは猫だけに「キック、パーンチ」

意味わからん。

なら、「キック、キーック」

もっと意味わからん。


キックはというと首に巻かれた手ぬぐいを外そうと床の上で必死もがいている。

かわいい。

癒される。

そうだ、キックの必殺技はこの「癒し」にしよう。

無理やり仲間に入れたのだから、キックは戦わなくていい。


俺が戦いに疲れた時に癒してくれればそれでいい。

なんて心優しい考えなのだ。

ヒーローとは心優しいものだ。

寛大さが重要なのだ。

だって、ヒーローなのだから。


準備万端。

あとは戦うのみ。


その前に、天気予報が気になる。


名古屋の今日の最高気温は?

な、なんと38℃ではないか。

恐れるな、戦う舞台としてはこの上ない。


でも、ペットボトルの水だけは忘れずに持っておこう。

この時期、最も怖いのは熱中症だから。

ヒーローが救急車で搬送されるとシャレにならない。

水分補強以外に、いざとなったら敵にもかけられる。

きっと、暑い敵なのだから水には弱いはず。

我ながら冴えている。

これなら勝てる、、、またまたまた自信を深くした。


いざ出陣。


玄関の扉を開いて、勢いよく外へ飛び出した。


すると、運悪く、同じタイミングで向かいの家から大家の娘が出てきた。


俺の姿を見るなり、「キャーッ」と悲鳴を上げて家の中へ引き返した。


案の定、俺の格好は相当に奇妙だったらしい。


長靴、スイミングキャップ、ゴーグル、豹柄のブーメランパンツ、真っ赤なタンクトップ。

透明のちんちくりんな雨合羽を羽織った男が目の前に立っていると誰だって驚く。


これはヤバいことになったぞ。

もし、変質者扱いされて警察にでも通報されたら、異星人退治どころではなくなる。


ひとまず、どこかへ身を隠そう。


家から少し離れたところに公園があったはずだ。


公園に向かってダッシュした。


幸いにも公園には誰も居なかったので、ナマコのようなヘンテコな形をした遊具の中に身を滑り込ました。


ナマコの中はとんでもなく蒸し暑いサウナ状態だったが、しばらくはこの中から辺りの様子を窺うしかない。


暫く家の方を観察していたが、これといって変化は無い。


どうやら、警察に通報はされなかったようだ。


そろそろナマコの中から出ようとした時、公園の入り口から小さな子供を連れたお母さんがこちらへ向かって来るのが見えた。


これでは出られないではないか。


今度は、小さな子供がこの姿を見て泣き出すかもしれないではないか。


困ったぞ。


さすがに、この蒸し暑いナマコの中に居るのも限界が近づいている。


できるだけナマコから遠くの遊具で遊んでくれと心の中で祈った。


そうすれば、タイミングを見計らって脱出を試みよう。


しかし、祈りは通じず、ナマコのすぐ横にある砂場へ向かって一直線に歩いて来た。


万事休す。


これでは、砂場どころか、その流れでナマコの中にまで入って来ることだって考えられる。


もう駄目だ。


そう思った次の瞬間、急に空から大粒の雨が降って来た。


おぉ、これはゲリラ豪雨。


驚いたお母さんはすぐに子供を抱きかかえて、公園のすぐ傍に止めていた車へと逃げ帰って行った。


助かった。


しかし、喜んではいられない。


ゲリラ豪雨のお蔭で助かったとなると、敵に借りを作ったことになる。


この機会にまずはゲリラ豪雨を退治してやる。


ナマコから飛び出した。


勢いよく飛び出したものの、どうやってゲリラ豪雨を退治するのだ。


立ち竦むヒーローをあざ笑うかのように雨はより激しさを増した。


ヒーロー目掛けて容赦なく巨大な雨粒をぶつけてくる。


地味だが結構痛い。


中途半端なサイズの雨合羽では膝より下が守れない。


そして、激しさを増した雨粒はそのまま長靴の中へと侵入してくる。


足元の雨には万全と思われていた長靴も上からの攻撃には成す術なしである。


気持ち悪い。


長靴の中がビチャビチャになっている。


完全に戦意喪失である。


これがお前らのやり方かぁ~。


このままでは身動きが取れなくなる。


悔しいが、退散だ。


今一度、ナマコの中へ逃げ帰った。


暫くすると雨は止んだ。


ゲリラ豪雨の奴め、これから始まる俺の反撃に恐れおののいて逃げやがったな。


雨雲が切れると今度は、敵の大将登場だ。


濡れたアスファルトを蒸しながら、どんどんと気温を上げていく。

ちきしょう。

いきなり容赦ない攻撃を仕掛けてきやがる。

卑怯な奴だ。


俺はみるみる体力を奪われてしまった。

みっ、水。

俺は一気にペットボトルの水を飲み干した。


ヤバい。

500mLじゃなく2Lにしておけば良かった。

でも、あれは重かったし、、、

スイミングキャップは黒では無く白いのにしておけば良かった。

でも、トータルファッション的にあそこで白は無い、、、


後悔先に立たず。

そうだこんな時は、キックの必殺技で癒しておくれ。

あれ、キックが居ない?


敵は攻撃の手を緩めない。

手下と思われるセミ達の騒音攻撃も加わった。


駄目だ。

意識が遠のく。

辺りが暗闇に包まれる。


どれくらい時間が経ったのだろうか。


あっ、暑い。


て言うか、寝苦しい。


んっ、寝苦しい?


まだ朦朧とする意識の中、ぼんやりと見える白い明りに目をやった。

デジタル時計だ。

AM2:38

なんと夜中ではないか。


俺としたことが、、、

だから、真夏の夜は寝苦しくて嫌なのだ。

夢見も悪い。


この手で異星人を叩きのめすチャンスだったのに。

運のいい奴だ。

まあいい、無駄な戦いは望まない。

慈悲の心が重要なのだ。

だって、ヒーローなのだから。


キックが「フッガ」、いや「パーンチ」と鳴いた。

、、、気がした。

床に落ちていた手ぬぐいを引き裂かんばかりにじゃれている。

あのコスチュームがそんなに気に入らなかったのか?


このクソ暑いのに元気いっぱいだ。

「猫はこたつで丸くなる」ってことは寒さには弱いが暑さには強いのか?

だったら、そもそも猫舌ってなんだ。


そんなことはどうでもいい。


とりあえず、平和だ。

暑いけど、もう一度寝よう。



それよりも、花畑牧場の生キャラメルはこの夏を乗り切れるのだろうか。

心配で眠れない。

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