第5章 新たな狩猟者像 第3話

 遠い道のりのようだが、若い人材を教育した方が将来的にも活躍する期間は長くなることから、佳人が取り組んだ最初の一歩は、人材探しであった。


 しかし、狩猟者を探すのではなく、犬の訓練ができる人材を探すことが初仕事となった。


 それは思い描く犬の姿が、そこにあったからに他ならない。この発想の根底には、ヤマドリ用のスペシャリストとして存在する柴犬と同様に、シカ、イノシシ、サル用に適する犬種と運用方法があるはずだという、考えに根差している。


 佳人を新たな仕事の場に導いた柴犬と同じく、狩られる側から見た時に、恐れおののく姿があるはずだと佳人は考えていた。


 シカは、イノシシは、サルは、どんな動物だろう。


 これまで、二十年間狩猟者として狩猟を経験していても、主な対象はヤマドリだった。


 シカやイノシシ、まして非狩猟獣であるサルについての捕獲のノウハウは佳人にも多くはない。祖父が生きていれば相談もできただろうが、祖父にもサルの経験はなかっただろう。


 狩られる立場になった時、野生獣が一番恐れるであろう犬の姿を想像すると、やはり群れで追い詰めてくるオオカミだ。しかしながら、現在は絶滅していて日本には存在しない。


 しかも、オオカミが狩るのは、草食獣でも弱った個体や若齢個体だ。


 増え続けるシカ対策に、アメリカのイエローストーン国立公園での例を挙げて、改めてオオカミを導入すればよいとする考えがあることも知っている。

 

 しかしながら、推進しようとしている自治体を考えれば、イエローストーンの面積がほぼ九州と同じである中で、ひとつの自治体だけで成功するとは考えにくい。


 イエローストーンでも周辺の牧場との訴訟問題は続いており、完全な生態系が蘇っている訳ではない。


 ニホンオオカミが絶滅したのも、家畜や人身被害などがその原因であり、再導入した際に、家畜や人間を襲わないという保証はどこにもない。


 明治期の乱獲の時代、装備は村田銃が一般的であり、マタギがカモシカなどは撲殺して捕獲していたことを思えば、現在の高性能ライフル、整備された林道網、オフロード車などの存在を考慮すれば、やはり人が介在した捕獲が主体であることが効果的であろう。


 そのうえで、より捕獲効率を高める要因としての犬の在り様は必ずある。そう佳人は考えて警察犬訓練所を訪ねたのであった。


 その訓練所で出合ったのが、当時大学四年生だった坂爪だ。


 佳人が、警察犬訓練所に、イノシシ対策用に適する犬の具体的な犬のイメージを伝え、犬選びから訓練までをお願いしたことをきっかけに、災害救助犬の育成を学んでいた坂爪を紹介された。


 彼に現在の獣害対策の現状を教えるとともに、イメージするイノシシ用の犬について何度も意見交換をしながら、約半年間を掛けて育成することになった。

 

 坂爪は、佳人からイノシシ用の犬のイメージを最初に聞いたとき、素直に面白いと思った。


 畑を荒らしたイノシシを特定して排除しない限り、どんなに山でイノシシを捕獲しても被害はなくならない。


 「奥山の十頭より、里山の一頭」という言葉は、なんだか真犯人を捕まえるような感じがしてワクワクしたのだ。


「坂爪君、イノシシは、荒らしている畑からそう遠くないところに寝屋と呼ばれる休息場所をもっていて、だいたい畑から数百メートル以内に隠れているんだ。そこから毎晩のように畑に出勤してイタズラするんだよ」


「そうなんですか。じゃ、そのイノシシを捕まえれば被害はなくなる訳ですね」


「そうだね。ただし、一頭とは限らないから、三頭いれば三頭とも捕獲しないと安心できない。もし、捕獲できないような場合には、寝屋の周囲を刈り払ってしまって居心地を悪くすることで追い払うというのも一策だろうね」


「そうなると、複数頭いた場合には、銃で撃つのも大変ですね。犬が追いかけてしまえば、バラバラに逃げるかも知れないし、僕が聞いて知っている猟犬のように吠えたり、噛みついたりするようだと、難しいかも知れませんね」


 そう答える坂爪の感覚に、佳人はよく本質をとらえられる人物だと感じた。

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