第5章 新たな狩猟者像 第2話

 問題を分析できれば課題が明確になり、対策を明らかにできる。そのため何事も問題解決には、その問題の本質を掴むところから始めなければならない。


 その点、日本の獣害は、生息頭数の増加と生息域の拡大が問題の本質であり、その対策に必要なのは、過去を見ても捕獲以外にはない。


 考えてみれば有史以前から、野生鳥獣と人類との間には、「食う、食われる」という関係があった。


 農耕が始まった弥生時代の遺跡からは、野生鳥獣と弥生人たちの間での攻防が伺える。


 その後、戦国時代、江戸時代と時代は変われども、野生鳥獣と人との競合関係に変化はなかった。


 江戸時代は、野生鳥獣の追い払い用に農具として火縄銃が使われていたという記録も残っている。猪垣や鹿威しなど、今の防護柵や追い払い用の爆音機などと比べても、その対策の根本は同じであることがわかる。


 それが、明治期以降の約百年間、野生鳥獣と人との軋轢が生じなかった稀な時期が出現している。


 その背景には、時の政府による富国強兵政策によって、毛皮獣の乱獲が行われたことがある。その結果、野生鳥獣の生息数や生息範囲は縮小し、野生鳥獣と人との軋轢が生じなくなったのである。


 そのように考えれば、現状は当たり前の野生鳥獣と人類との関係に戻った状況であり、過去百年間が異常な状況であったと考えることもできる。


 したがって、野生鳥獣と人類との競合について終焉は、両者が存在する限りあり得ない。


 しかしながら、農林業被害は目前にあり、まさに今、そこにある危機なのだ。これを解決する方法を考え、実践していくことは、一生を懸けることのできる仕事であろう。


 佳人が森林組合を退職する際に、組合長からは、木を育てるのが組合の仕事だと思っていたが、木を守る仕事がこれほど重要と思えるようになるとは考えなかったという言葉を掛けられたことが、佳人の背中を押してくれていた。


 捕獲によって、木を守り、森を育てるためには、減少している狩猟者に代わる人材を組織化することが、まずは必要だろう。


 さらに、趣味である狩猟には永続性が求められ、サステナブルな収獲が継承において必須となるが、被害対策では容認できる被害程度まで個体数を削減することが重要であり、時には地域的な根絶まで求められる。


 そうなると、これまでの狩猟技術では必要な成果を残すことができない。そのためには、新たな作戦や戦術の開発が必要となるし、省力化を図ることが重要となってくる。


 だが、ワイルドライフマネージメント社での仕事は、順風満帆とは言い難い状況であった。ようやく軌道に乗り、先が見えて来るまでは、さらに五年の時間が必要だった。


 佳人らの取り組みが、時代を先取りし過ぎていたのが、その大きな理由だったろう。


 確かに、野生鳥獣の被害は全国で二百億円にも上り、対策は焦眉の急であったが、その具体的な対策が事業化されていなかったのだ。


 それまでの対策は、行政からの依頼を受けた大学やコンサルタント会社が、シカやサルに発信機を装着し、その行動を把握するという調査業務が主流であり、気づいてみれば被害は減るどころか、拡大の一途をたどっていた。


 そのような状況の中で、いち早く捕獲の重要性を認識していたワイルドライマネージメント社では、独自の捕獲組織をもとうと考えるようになっており、その組織作りを佳人に任せたのだ。


 とはいえ、佳人にとっても未知の仕事である。狩猟者仲間に声を掛ければ、それなりの人数も集まるだろう。


 しかし、他に生業を有し、居住地も定まっている狩猟者仲間を集めたのでは、目指すような組織とは言えない。


 専門職として、捕獲だけを生業とする集団を作り上げる必要があったのだ。

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