第5章 新たな狩猟者像 第1話
佳人が、ヤマドリ猟用に特化した猟犬として柴犬を使うようになってから、十五年近くが過ぎていた。
最初のメス犬に続き、後継犬としてオス犬も使うようになっていたが、その中での発見も多かった。柴犬たちは、ヤマドリ用のスペシャリストではなく、すべての鳥獣に対して適応できる恐ろしいほどのプレデター(捕食者)なのだ。
最初に撃ったシカを追い出したのも柴犬だった。
森の忍者と呼ばれるテンを撃たせてくれたのも柴犬だった。
半矢のウサギを追跡して回収し、イノシシを追い、サルを威嚇する姿のひとつひとつに、その片鱗は表れていた。
この犬となら、どんな猟場でもどんな獲物でも相手にできるという自信が佳人の中には生まれていた。
この犬に出合ったからなのか、そこから広がっていった人との縁は、佳人をより広い世界に導くことになっていった。
株式会社ワイルドライフマネージメントの接点が生まれたのも、この柴犬たちからであった。
獣害対策の計画策定を請け負っていたワイルドライフマネージメント社の職員から、外来生物の駆除現場で犬が使えないかという問い合わせが人伝に来たのだ。
同社の会長が祖父のことを思い出し、コンタクトをとってくれたことが大きい。
元々はシカが生息していなかった離島に、観光資源として持ち込まれたシカが野生化し、農業への被害が目立つようになったことから、捕獲作業をワイルドライフマネージメント社が行うようになっていた。
わなでの捕獲を進めていたが、最後の数頭の捕獲が上手く行かずに、周辺の狩猟者に依頼して二年ほど作業を続けてきたものの、根絶には至っていなかった。
地元には元々シカが生息していなかったこともあり、シカ猟の経験者がいなかったのが上手く行かない理由でもあった。
その際、犬の活用が提案されたのだが、シカ猟に使える犬のあてもなかったところでの、会長からの提案だったのだ。
この犬となら、どんな猟場でもどんな獲物でも相手にできると感じていた佳人にとっては、願ってもない挑戦の機会であった。
結果、上々の可能性を見いだせたことや、自身が必要と感じていた有害鳥獣駆除対応の限界などから、改めて獣害対策に専門に取り組む人や組織が必要であるという思いを強くした出合いだった。
その後、五年の月日を要したが、勤続二十年となっていた森林組合を退職して、ワイルドマネージメント社へ転職し、日本の獣害対策に取り組む仕事をすることになったのは、まさに柴犬に導かれたような流れであった。
「人生は犬で決まる」という言葉を聞いたことがある。
佳人の人生は、柴犬との出合いから大きくその方向性を変化させていった。もちろん、本人が願ったからの転職であっただろうが、その機会を作ったのは柴犬の存在無くしては考えられない。
すでに鬼籍に入って久しい祖父ならば、どう考えただろうかと佳人は時々思う。
「天、知る。地、知る。我、知る」と祖父から言われていた。
山の中で、一人でやっていることだから、誤魔化しても誰にも知られることはない。
でも、天は知っている、地も知っている。何よりも、誤魔化している自分自身が一番知っているということだ。
近道もない。しかしながら、合理的な道はある。その教えは、ヤマドリにも、射撃にも、犬選びにも、生かされており、佳人を形作るうえで大きく影響している。
日本の獣害対策における課題を考えると、狩猟者の高齢化と減少という大きな要因が見える。
問題の本質は、それだけではない。耕作放棄地の増加や農家そのものの高齢化などもある。また地球温暖化による積雪の減少なども影響しているだろう。
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