第4章 獣害対策 第2話

 森林組合で働くようになって十五年が過ぎた頃、狩猟者としても十五回目の猟期に、佳人ははじめてシカを撃った。


 それまで、シカを目撃するようなことはほとんどなかった猟場であったが、この捕獲を境にシカとの出合いは増え、樹皮剥ぎなどの林業被害を目の当たりにするようになった。


 森林組合では、商品価値が生まれた材木を伐採し、その跡地に植林を行うが、植林した稚樹への食害がまずは大きな問題となっていた。


 林道の整備で法面に施される牧草の植え付けなどは、シカの餌となり、林道沿いにシカの分布が拡大してきた状況も見てとれた。


 シカは、群れで行動するため、生息環境を大きく変化させることが知られている。下層植生が失われ、それまで笹薮だった場所で地面が露出し、ディアラインと呼ばれる空間が林地の中で目立つようになってきたのも、この頃であった。


 シカの首が届く範囲の樹木の葉や枝は食べつくされ、定規をあてて切ったように地面との間に空間が生じる。これがディアラインだ。


 地面を覆う植生も失われることから、保水力が奪われ、わずかな降雨で地面には雨水が流れた溝が深く刻まれていく。


 新たな稚樹が生えることもなくなり、いずれは母樹も枯れ、林の更新が止まり、草木のない禿山へと変化していく。


 そのような現場が、そこかしこで散見されるようになってきていた。

 

 奈良県の大台ケ原、神奈川県の丹沢などが、その代表的な場所として知られるようになったのも、この頃からだった。

 

 猟友会では、佳人の後に加入してきた新人狩猟者は一人しかおらず、毎年の狩猟者登録手続きにおいても高齢化と減少が話題になり始めた。

 

 その後の五年間、その状況は加速度的に進行しているように佳人は感じていた。


「このままでは、農林業は野生鳥獣に負けてしまう」

そんな危機感が、大きな黒い影のように佳人の脳裏には広がっていった。


 その後、イノシシの姿も見かけるようになり、子供の頃から慣れ親しんだ山とは明らかに違う状況が動き出していることが実感できるようになってくると、TVニュースでも各地からシカやイノシシによる農林業被害の声が聞こえ始めた。

 

 佳人の祖父のところには、クマの駆除要請が寄せられることはあったが、シカやイノシシの駆除要請はなかった。


 その要請が、地元猟友会に寄せられるようになったとはいえ、地元で猟銃を持っているのは、佳人と隣村の田中の二人しかいない。それ以外の猟友会員は、町に住んでおり、猟友会の事務局を兼ねる銃砲店での繋がりしかない。

 

 そうなると、毎回のように佳人と田中が出動することとなる。

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