第4章 獣害対策 第1話
森林組合に勤めるようになって十年。
中堅として、現場を任されるようになっていた佳人であったが、就職と同時に始めた狩猟も十年目となり、ずっと祖父との供猟であったが、一昨年に祖父が銃を返納したのを機会に、単独猟にシフトし柴犬も飼い始めた。
最初の犬は、共猟中のセッターであったが、祖父の引退に合わせて、このセッターも引退させた。その後は、柴犬を猟の友とすることを決め、ヤマドリ猟専用の猟犬としての育成を志し、犬を探していた。
橋谷から紹介された柴犬は、遠く九州からやってきたメス犬であったが、最初の猟期では、山に連れて行っても何をしたらよいのか柴犬も佳人もわからずに、ただただ祖父が教えてくれた猟場を歩き回った。
偶然、踏み出しで出たヤマドリを撃ち落としたその日から、柴犬は何を目的に山に来ているのかを理解したようで、翌日からは犬が変わったかのようにヤマドリを追い出し始めた。
柴犬を使った二猟期目では、開幕戦から二桁のヤマドリとの出合いを生み出し、出猟ごとに定数である一日二羽を達成する日が続くようになった。
狩猟者であれば誰もが夢見るような犬との出合いは、佳人の狩猟者としてのDNAが射撃により活性化され、ヤマドリ猟によって形となって外に現れだしていた。
柴犬との出合いは偶然だったが、そこからの経験で生じた変化は、射撃の面白さに気づいたのと同様に、まさにDNAに根差した必然であったのだ。
射撃練習を重ねているときに、先輩狩猟者からは、
「ヤマドリやるなら、スキートで十五、六枚くらい当たるのが丁度いい。二十三、四当たるからといっても、ヤマドリ猟には役立たない」
と、一生懸命に練習する佳人を馬鹿にするような発言もあった。
満射を撃つこともできるようになり、九割台のスコアも残せるようになった段階で、その言葉を振り返ってみると、十五、六枚の射手よりも、二十三、四枚命中させることのできる射手の方が間違いなくヤマドリ猟も上手いということは間違いない。
山中で柴犬によって追われたヤマドリの飛翔は、ポインティングドッグでの飛翔とは大きく異なる。
ポインティングドッグであれば、ポイント中に狩猟者は撃ちやすい場所を選ぶことができる。このため命中させる確率は比較的高くなる。
一方、フラッシュドッグである柴犬の場合、ヤマドリの存在を感知すれば自らが捕食者となってヤマドリに襲い掛かっていくため、狩猟者はいつどの方向にヤマドリが飛び出すかは予想できない。
その一瞬に、雌雄を判別し、未来到達予想点に狙いを定めつつ、ヤマドリの飛翔にあわせてスイングしながら撃つという技術は、尋常な技術ではない。
練習していなければ、命中させる確率は、ポインティングドッグでの猟と比較すれば各段に低くなる。
結局は、若い後輩が一生懸命に練習することで、自分の技量を抜きそうになっている姿に嫉妬した発言であり、後輩の成長にあわせて自らも高みに上がろうとはしない情けない先輩であったということだ。
それでも、良き先輩はいる。祖父や橋谷は、まさに良き先輩であろう。経験と理論に裏付けられた狩猟技術は、途絶えさせてはならないものばかりだ。
後輩には、先輩の言うことが正しいか正しくないかを見極めるリテラシーなどあるはずもない。良い先輩に出合えるかどうかは、運でしかないが、その点、佳人は良いものを見極める素地を祖父から学ぶことができた。
そのため、佳人は必ずしも良い後輩ではなかっただろう。
先輩の言葉を信じず、自分の考える目標に向かい、集中的に努力して階段を駆け上がっていくので、先輩たちも次第に軽口さえも言えなくなっていくのだ。
仕事上でも、その姿勢は変わらず、最初は先輩からは距離を置かれるような雰囲気も生まれたが、もっと上の上司からの信頼は厚く、若手の中では早くから責任者として現場を任されるようになっていた。
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