第3章 ヤマドリと柴犬 第7話
近県に住むこのヤマドリ使いの狩猟者は、橋谷と言い、ヤマドリ猟を専門としていた。
橋谷は、愛犬をいつも膝の上に乗せて可愛がる愛犬家であった。その小さな柴犬が、ひとたび山に入るとヤマドリキラーとなるとは、なかなか想像できない。
しかし、柴犬とヤマドリとの関係性を考えた時、その猟の合理性はヤマドリの研究をしてきた佳人にとっては、納得のいくものであった。
橋谷に、「佳人君、ヤマドリってどんな鳥」と唐突に質問されたときには、どう答えたものかと思ったが、大学院で研究したことをかいつまんで説明したところ、彼が聞きたかった答えではなかったようで、続いてこんな質問があった。
「さすが、研究しただけのことはあるね。俺が聞きたいのは、獲物としてのヤマドリなんだけれど、天敵に追われたヤマドリはどうするのかね」
ここからは、一問一答の禅問答のような話だった。
「ヤマドリは飛ぶよりも歩くことの方が多いよね」
「そですね。体重当たりの翼面積を見ても、とても飛翔力が高いとは言えませんね」
「天敵の接近を知ったらヤマドリはどうする」
「場合によるでしょうが、飛んで逃げるのではないですか」
「うん、そういう場合もあるけれど、佳人君さ、ポインティングドッグでヤマドリ追っていると、何回もポイントとリロケーションを繰り返しながら、斜面を登って、最後には尾根から飛ばれたなんて経験あるでしょう」
「はい」
「ということは、ヤマドリは天敵の接近を感知すると、飛ぶよりはまずは歩いて逃げる鳥なんじゃないかな」
「そうですね」
「そうなると、遠くから天敵が接近するのがわかるようならば、俺ならば直ぐに移動を始めるけれど、佳人君はどう思う」
「僕も、逃げると思います」
「そうすると、ガサガサと足音立てる大きな犬と足音の小さい小さな犬ならどっちがヤマドリ猟に向いているかわかるだろう」
「小さい犬ですね」
「そうだよね。さらに、たくさん動かないというのも大事だ」
「そうなると、大型犬で捜索をするポインティングドッグでヤマドリを狩るのは適さないってことですね」
「柴犬は、日本犬でも小型犬に属するし、捜索なんてやらない。山の中で、ヤマドリの気配を感じれば、一直線にそこへ飛び込んでいくフラッシュドッグだ」
「なるほど。狩られる側のヤマドリの習性から考えれば、ヤマドリ猟に適する犬種が明らかになるということで、これまでの常識とは異なるということですね」
「でも、必ずしもそれが正解かどうかはわからないのが現実さ。ポインティングドッグにはポインティングドッグの良さがあるし、フラッシュドッグにはフラッシュドッグの良さがある。それを引き出せるかどうかは、ハンドラー次第だろうね。特に、フラッシュドッグでは、鉄砲の技術がなければ命中率は格段に下がるからね」
「そうか。ポインティングドッグなら、ポイントしてから余裕がもてるけれど、フラッシュドッグでは素早く撃つ必要があるから、確かに銃の腕前は大きく影響しそうですね」
「そう。でも、フラッシュドッグの方がポインティングドッグよりも、出合い数を増やせることにもなるから、楽しむということでは撃てる方が楽しいだろう」
「なるほど、たくさん撃つ機会があれば、まぐれ当たりもでるかも知れませんね」
「まぐれ当たりじゃ本当の面白さはわからないよ。会心の一撃が目標だよね」
これまでヤマドリのことを調べていて、それなりの習性を把握していたつもりだったが、そこを逆手にとった犬との組み合わせは目から鱗が落ちる思いだった。
相手を知ることの大切さと自分がもつ技術の特性を見極めることで生じる新たな世界が佳人には見えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます