第3章 ヤマドリと柴犬 第5話

 手作りながら、十個の送信機はいずれも故障せず、データを収集することが出来たうえに、すべてを山中から回収することができたのは大きな自信となった。


 結局のところ、初年度の調査結果からは、何か明確に言える生態を把握することはできなかったが、約一か月間追い続けたメスは、途中で野生のメスと行動を共にするようになり、寝屋は毎日異なる場所に設けている様子であった。


 翌年も同じく十羽のヤマドリで調査を行ったが、年を越す個体は一羽もいなかった。


 それでも、一日の行動を追跡した二羽については、早朝に沢を下り、水を飲み、餌を食べながら寝屋に戻るというように言われていた行動はせず、終日寝屋から移動せずに死亡したかと心配した翌日には対岸の別の沢に移動したり、朝から沢を登ったりと、気ままな動きをしていることが把握できた。

 

 僅か二年間で、二十羽の調査結果からは、多くの発見は無かったが、少なくとも従来から狩猟者の間で言われていたヤマドリの行動は、たくさんある行動様式のうちのひとつにしか過ぎないということは明確に分かった。


 この結果を修士論文にまとめ、無事に修士号を取得したが、この研究の過程で知り合った人脈には、その後も大きく影響を受けるようになった。


 大学院を修了後、佳人は博士課程への進学を教授からは勧められたが、祖父も高齢となっていること等を踏まえて、地元へ戻ることを決めていた。


 せっかく鳥類の研究で修士号を取得したものの、就職先は研究とは関係のない森林組合であった。過疎化が進む故郷に役立つことが出来ないかという気持ちや、家族のことを考えての選択であった。


 祖父は、その頃から、心臓の発作を起こすようになっており、母からは山に行くことを辞めるようにと何度も話をしていたらしいが、山でしか生きたことがない祖父にとっては、それ以外の生き方など今更できる訳もなかった。


 そのため母から佳人に、


「地元に戻るなら、お金は出すから、狩猟免許と鉄砲の免許を取って、爺ちゃんと山に行け」

という話があった。


「お父ちゃんじゃ、今更役に立たないから、爺ちゃんが山で倒れたら、佳人が背負って帰ってくれば良い」

というとんでもない思いつきである。


 娘として、年老いた父親を山から引き離すことも出来ず、もし山で何かあったら周囲に迷惑になるから、身内で解決できるようにという気遣いなのであろう。


 佳人も、狩猟が嫌いな訳ではないし、祖父と山に行くのは子供の頃からの楽しみでもあったので、これも親孝行のひとつと思ってその提案に乗った。


 子供の頃から慣れ親しんだ山であり、狩猟者のDNAもしっかりと受け継いでいるだけに、やりたくないというような意識はまったくなかったが、一方で祖父ほどに熱心に取り組むとまではいかなかった。

 

 その後、佳人は、祖父が銃を収めるまでの十年の内、八年間、山を一緒に歩き、祖父の知る地元の猟場の全てを学んだ。


 最後の二年間、祖父は山に入らなかったが、佳人の猟果を聞いては、嬉しそうな顔をしていた。


 孫に猟場を継承することができたことから、孫の猟果を嬉しく思う祖父ではあったが、最後の二年間では猟場や猟果のことよりも、山との向き合い方とか、人としての生き方について話すことが多くなった。


 その話は、父親となった佳人にとっては、子育ての指針ともなっていて、成人してからの人格形成に大きく影響していた。

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