第3章 ヤマドリと柴犬 第4話

 話を聞いてみると、ヤマドリの養殖についても論文に記載すべき内容が多いことに気づかされる。


 何もわかっていないと思われていたが、そこかしこにヤマドリの知らなかった生態に関する情報が秘められていた。そのいくつかを列記しただけでも、両手の指を超えるほどの数であった。

 

 例えば、ヤマドリのオスの発情期はメスよりも若干早く、同じ鶏舎に入れておくと、オスがメスを突いて殺してしまう。


 これは、近親交配を避けるための仕組みのようで、他の生息地のメスとの交雑を促すために備わったのではないだろうかと思われた。

 

 オス同士も、生まれたその年の秋には生殖能力が無いにも関わらず、偽発情し、オス同士で争いあうとのことだった。これも群れの分散を促す仕組みであろう。

 

 食性については、スギの木の根元周辺に生えるコケをよく食べることも意外だった。


 祖父からは、ヤマドリはシダをよく食べていると聞いていただけに、コケを食べるということは佳人にとっても初耳であった。


 さらに、ドングリや液果類も食べる他、ヤマアカガエルまで食べると聞いて、その猛々しさを知った。

 

 寝屋についての情報は、さらに興味深かった。まさに、佳人が知りたいと思っている情報であり、それを調べるために動き回っているのだ。

 

 中山さんによると、飼育個体では近親交配がどうしても問題となるため、養殖仲間で親鳥を交換しあったり、時には許可を受けて山から卵を採取したりするそうで、ヤマドリの巣を探す方法などは、今後の研究の参考になった。

 

 ヤマドリはオスが縄張りをもっていて、メスがその縄張りを渡り歩くようで、一夫一婦制と言われているが、一夫多妻制だろうと思えるらしい。


 抱卵はメスだけで行い、オスは交尾の時しか繁殖に関わることはないとのことであった。

 

 このような情報の多くは、養殖をしている人たちにとっては常識なのだろうが、それが論文になっていない状況に驚かされた。


 中山さんは、その知識と技能だけで、十分鳥類学者として博士号を取得できるレベルだろう。その知識の一部を借りながら、自分はヤマドリのことをどこまで知ることができるだろうかと佳人は思わずにいられなかった。


 中山さんから放鳥用のヤマドリを雌雄各五羽譲り受けることが決まり、屋外に放せる秋以降に調査を開始することが決まった。


 ただし、中山さんから最後に聞かされた話は、研究の難しさを改めて感じさせられることであった。放鳥したヤマドリが野生下で生息できるのは、わずか数日。


 年を越して繁殖にまでたどり着ける個体は、極めて稀であることが、足輪の追跡調査から分かっているとのことであった。


 発信機を装着しても、どの程度のデータを得ることができるのだろうか。数日で死亡してしまうようならば、データとして取り扱えるのだろうか。

 

 そんな不安を抱えつつ、秋の放鳥時期になった。約二週間を連続で調査し、その後はある程度の間隔を置きながら調査を進めることで、研究室の後輩と一緒に調査を開始した。

 

 当初ランドセルのように、ヤマドリに背負わせるタイプでの装着を考えていたが、結局首輪型とした。脱落の心配はあったが、飛翔能力に影響することで天敵に襲われた際の逃走に影響することを避けたのだ。

 

 大学院一年生での初の屋外調査だ。

 

 前日までに、宿舎内で一羽一羽のヤマドリに送信機を装着し、一晩様子を見ていたが、首輪型の送信機は脱落することはなく、まずは一安心だった。

 

 放鳥時には、テレビなどで見るような派手な放鳥はせず、輸送箱の蓋を静かに開いて歩いて出ていくような方法を採用した。


 結果、十羽のヤマドリのうち、六羽が翌日の夜までに死亡しており、多くは小型哺乳類による捕食とみられる痕跡が残されていた。一羽は、土中に埋められており、キツネが食べきれないので埋めたような状況に見えた。


 その後、残りの四羽のうち三羽までが、一週間以内に相次いで死亡し、いずれも捕食されていた。


 残りの一羽は約四十日間調査することができたが、放鳥三十五日目から位置データが動かず、最終的には捕食された痕跡を確認して送信機を回収した。

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