第2章 狩猟者のDNA 第7話

「山里さんの思い出の一羽っていうのはどんなものでしたか」

今度は、天田が英佳に水を向けた。


「最初の一羽は良く覚えているけれど、半矢で、今思えば格好の悪い一羽だったな」


「どんな様子だったんですか」


「そうさなぁ。犬もいなくて、踏み出しで出たヤマドリに向かって無我夢中で撃ったところまで覚えているけれど、村田銃で黒色火薬だったから、煙で直ぐに姿が見えなくなって、外したと思ったのさ。煙が晴れて、薬莢抜きながら歩きだしたら、直ぐ先の地面でバタバタと暴れているヤマドリがいて、当たったんだと思って駆け寄ったら、すっと体勢を整えて、歩き出したのさ」


「へぇ、半矢で落ちたけれど、まだ歩ける状態だったんですね」


「そうだね。慌てて次の弾を入れようとしたけれど、弾帯から弾が抜けないのさ。ヤマドリは這って行く、こちらは弾が抜けない。距離が縮まらないまま、ヤマドリが大きな岩の下の穴に潜り込んでいくわけだ」


「へぇ、穴に潜るんですか」


「あぁ、穴の中がどうなっているかわからないけれど、向こうも必死なわけだ。穴のところまで行って、仕方がないから鉄砲置いて、穴を横にあった石で塞いで、急いで家に戻ってスコップ持って、とんぼ返りだ」


「穴掘りですか」


「あぁ、手を突っ込んでも届かないけれど、その先にヤマドリの尾羽が見えるんだから、仕方がない。小一時間掘って、ようやく頭が入るくらいに穴を広げて、どうにか回収したけれど、暴れるもんだから、尾羽からなにからみんな抜けちゃって、可哀そうな姿だった」


「へぇ、それは忘れられない一羽ですね」


「あぁ、失敗の一羽だな」


「成功の一羽は」


「そうだね。その年の暮れに、群鳥に出合って、メス、メス、オス、メスという具合に4羽が同じ倒木の下から飛び出したときに、オスを確認して一発で雑巾落とししたときかな」


「群鳥ですか。その中からオスだけを見極めて撃てたということですか」


「そうだね。まだ犬もいなくて、毎回踏み出しだったから、なかなか当たらない中での一羽は今でも思い出すね」


「天田さんの思い出の一羽は」

台所で、山里と天田の話を聞いていたのだろう。妙子から、天田の思い出の一羽を聞いてきた。


「そうですね。私も最初の一羽は覚えています。ヤマドリではなく、キジでした。犬もいない、教えてくれる先輩もいないので、地図をみては、ここにはいるかなと歩くばかりの猟でした。それでも、三年目の解禁日に、最初に入った沢で、キジが出て撃ったんです。私も半矢でした。バタバタ暴れるのも同じですが、歩ける状況ではなく、近づいて手で押さえつけようとすると、上手く逃げるんですよ。仕方がないので、鉄砲で抑え込んで、ようやく捕まえました」


「そりゃ、いいや。スコップまではいらなかったけれど、鉄砲が無けりゃ獲れなかったわけだ」


「そうですね。できればクリーンキルしたかったですね」


「じゃ、成功の一羽は」

これも妙子は聞いていたのだろう。熱燗の酌をしながら天田に問いかけた。


「う~ん、どれかなぁ。成功というのではないけれど、山里さんと一緒に行くようになって、先代の犬の仕事を見たときは、凄いって思って、そこで山里さんが獲った一羽は鮮明に覚えています」


「なんだい、俺が撃った鳥かい」


「そうですね。もう引退を考えていた時期だったと思いますが、長時間の追跡と固いポイント、それから鋭い飛び込み、飛び出したヤマドリが滑空を始めようと体勢を整えた瞬間の銃声と雑巾落とし、さらには回収・運搬まで見たとき、あぁ、これがヤマドリ猟だと実感しました」


「ほう」


「自分で撃っていれば、さらに違ったのかも知れませんが、それまでの犬無し猟を思えば、これこそが狩猟だと思える一羽でしたね」


 二杯目のお酌をしながら、妙子がさらに続けた。

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