第2章 狩猟者のDNA 第5話

 四頭目の子連れグマは、これもまた特徴的な一頭だったようだ。


「子熊が、わなに掛かってな。わなを仕掛けた猟師が、そいつを丸太で殴って止めを刺そうとした時に、母グマが藪から飛び出してきて逆襲した訳だ。左腕を引っ掻かれたのと転がった拍子に、顔を石にぶつけて、大慌てでその場を離れて警察に通報したというところで、駆除依頼が来た訳だ」


「けが人が出たんですね。そうなると、直ぐにでも駆除をとなりますね」


「あぁ、発見次第撃って欲しいということだったけれど、その当時もこの集落では俺しか鉄砲を持っていなかったから、一人でクマ撃ちしなければならない状況さ」


「まだ、岩ちゃんおじさんは鉄砲を持っていなかったの」


 佳人は、天田と祖父の話には、ほとんど口を挟まずに聞いているだけだが、知っている人が銃をまだ持っていない時期の話だったために、珍しく声を発した。


「あぁ、岩が鉄砲を持ったのは、その後だ」


「岩さんというのは」


「あぁ、岩は、俺のいとこで、天田さんが来る前の年に亡くなった。しばらくは、二人で猟もしていたけれど、勤め人だったから、なかなか山に行けなくてな」


「僕が小中学生の頃は、岩ちゃんおじさんと爺ちゃんについて良く山に行っていました」


「射撃は、俺よりも岩の方が上手くなったな。猟じゃなかなか獲れなくて悩んだ時期もあったけれど、射撃をやるようになってからは、上手くなったなぁ。生きていれば、天田さんたちとも、仲良くできただろうけど」


「そうですか。お会いしてみたかったですね」

佳人は、自分の発言から、クマの話題を脱線させてしまったようで、


「で、クマはどうなったの」

と、話の軌道修正を図った。


「あぁ、その日は、日暮れで時間切れとなって、翌日に仕切り直しさ。一晩わなに掛かった子熊が衰弱して死ぬかも知れないとは思ったが、母グマが一晩中そばについていたようで、翌朝行った時にも元気だったので安心はしたのさ」


「へぇ、母グマがずっと離れなかったんですか」


「誰も一晩中見ていた訳じゃないけれど、警備で現地にとどまった警察官が、夜中に子熊のそばで動く母グマらしい姿をみたらしい」


「朝になって、母グマは子熊をおいてどこかに逃げたのですか」


「いや、近くの藪にいた。子熊はまだ小さかったので、どうにか手掴みでも押さえつけられるから、わなから外してやろうと思っていたけれど、母グマの姿が見えない状況だから、俺が鉄砲を構えて近づき、警察官が子熊をわなから外すという段取りを決めて近づいたのさ」


「へぇ」

天田も、佳人も、いつどこから飛び出してくるかわからない母グマの姿を想像し、思わず力が入って、緊張している。


「警察官が子熊を押さえつけようとしたら、子熊が一声鳴いたのさ。その声を聞いて、真正面の藪に潜んでいた母グマが吠えながら向かってきたのさ」

一瞬の内の現場状況の変化だ。


 その場にいる訳ではないけれど、天田も佳人も目前に迫る母グマの姿を思い浮かべた。


「かあちゃんが出たと、警察官に注意を促すために、俺が大声を出したら、その声に母グマも驚いたらしくて、急に左に進路変更してくれたので、最初の一撃目はかわせたのさ」


 ふ~う、と天田と佳人の緊張が僅かに緩みかけたタイミニグで


「でも、結局は我が子を守ろうとして、左に動いたと思わせておいて、一気に俺と警察官の方へ突進してきたのさ」


 天田と佳人は息を吐ききらぬところで、再び息をとめてその瞬間に備えた。


「しかたがないけれど、身の安全のため、二メートルくらいの距離で脳天に一発撃って終いさ」


 ふ~うの途中で止めた息を、天田と佳人はようやく、~うと吐ききった。

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