第2章 狩猟者のDNA 第3話

「天田さん、今日は僕からのリクエストでクマの話はどうですか」

 佳人からの、そんな切り出しで今宵の四方山話が始まった。


「おぉ、そりゃ面白いね。俺はまだクマを撃ったことがないからなぁ。山里さんは、これまでに何頭のクマを撃っているんですか」


「あぁ、数を誇ることはしたくないけれど、十八頭だね。でも、いずれのクマも、どこで、こうやって仕留めたって言えるね。それだけ、特別な獲物ということだ」


 天田は、ツキノワグマについては、新聞記事や狩猟雑誌で目にしたことがある。

 

 狩猟を始めて十年、英佳のところでお世話になるようになって三年経つが、まだ山中でクマに出合ったことがない。

 

 最近では、あまりクマが目撃されることはなく、絶滅に向かっているのではと危惧する声があることも知っているし、狩猟者登録している県からも捕獲自粛要請が出されているため、仮に山中で出合っても撃たずにやり過ごすだろうと思っていた。

 

 佳人に促されて、山里が最初の一頭からツキノワグマの捕獲について、その時の状況や捕獲後の処理方法などを詳しく語ってくれた。

 

 十八頭すべてを語れるとのことだったが、この晩は最初の一頭と四頭目の子連れのクマの捕獲話を聞くことができた。鉄砲撃ちの話は半分でというものの、英佳(ふさよし)の話に誇張はない。

 

 あったことを淡々と話すだけなのだが、なぜか臨場感があり、目の前でツキノワグマが動いているような気持にさせてくれる。


 最初の一頭は、四十年以上前の出来事であり、村田銃で仕留めたとのことだった。


 その年は、長雨が続き、いわゆる冷夏で山の物なりも良くなかったらしい。


 餌が乏しいことから、早くから里山にツキノワグマが散見されており、周囲の桑畑を荒らす被害が発生していた。


 英佳の家がある集落の西側に位置する養蚕農家は、桑畑のほかに柿の木を多く有しており、桑畑の被害に続いて、柿が熟しかけた時期に毎日のように目撃されるようになっていた。


 その日も、農家の人が桑の収穫に行く際に目撃していたが、昼頃に柿の木に登っているところを再度発見されたとのことだった。


 役場へ連絡が入り、役場から山里のところへ駆除要請があったとのことだった。


 人的な被害は発生していないものの、昼間でも出没するようになった大胆な行動は、いつか人身事故に繋がるだろうと思われており、集落の人々からも駆除を要請する声が出ていた。


 昼間に農地で柿を食べるようになった状況は、役場としても放置できないものであっただろう。

 

 英佳は、村田銃と散弾を持って現場へと向かった。当時は、車もなく徒歩で移動したため、発見が昼頃、要請が午後二時頃、英佳が現地に到着したのはすでに午後三時を大きく回っていた。

 

 当時は、真鍮薬莢を使って手詰めで散弾を作っていたため、非猟期中には直ぐに使える散弾の数は多くない。英佳も二発しか使用できる散弾を持っていなかった。到着した時には、周囲を警察官が囲み、その外側を住人が遠巻きにしている状況だった。

 

 役場の職員を見つけて声を掛けると、


「山里さん、ありがとうございます。あの柿の木です。昼にみつけて、かれこれ四時間以上粘っています。我々が周囲を囲んだことで、木から降りられないと思っているのでしょうか」


「わかりました。撃つことになるでしょうから、住人の方々をできるだけ遠ざけてください」


 山里と役場の職員、さらには警察官の間で打合せが行われ、警察官が住人を遠ざけることとなった。


 役場の職員と警察官一名が英佳と行動して、クマを撃つという手順を決め、各人が動き始めたときに、クマにしてみれば逃げる好機が訪れたと思ったのであろう。

 

 柿の木を降り始めたのだ。いち早くその様子に気づいた英佳が、


「クマが木から降りた。みんな気をつけろ」

と声を掛けつつ、クマの逃走方向へ先回りするように畔を駆け抜けた。


 クマの逃げ道に先回りしたところで、村田銃に装填すると、膝をついてクマに狙いをつけた。


 矢頃という言葉があるが、この距離なら絶対命中させられるという距離まで引きつけて撃つのが大事であることは、英佳も十分に理解していた。

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