第2章 狩猟者のDNA 第1話
英佳(ふさよし)の家に戻ると、娘の妙子と孫の佳人が待っていた。
英佳は、戦争中に妻を病で亡くし、その娘の妙子を男手ひとつで育ててきた。
妙子は、役場に勤める夫と職場結婚して、一男の佳人を設けており、週末には実家の手伝いをしている。妙子は、職場結婚をしたが、一人娘であったため、英佳がどうしても婿養子を望んだこともあり、山里姓のままである。
婿養子となった夫は、役場で農業振興課に勤めている。昨年、課長に昇進してから、仕事が忙しく、特にこの時期は町議会の予算審議と重なるため多忙を極めている。
「お帰りなさい」
「やぁ、佳人君、ただいま」
「あぁ、今日のお客さんは天田さんだったんですね」
「久しぶりだね。私がお世話になったのが三年前だから、それ以来だけど良く覚えていてくれたね」
「いや、あの時は高校生で、きちんと挨拶もせず、申し訳ありませんでした。でも、あの時、天田さんに会ったお陰で志望校も決めて、無事に二年生にもなれました」
「そうだってね。俺の母校を志望校にしたって、山里さんからさっき聞いて、とても嬉しかったよ」
「はい。なんとか頑張っています」
「はははっ。そりゃ、大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
「でも、理工学部だから、俺とは学部が違うね」
「そうですね。天田さんは、文学部ですよね」
「あぁ、国文科さ」
「へぇ、国文科だったんですか」
「あぁ、でも専門性を活かしてという訳にはいかず、就職先は商社だったからね。佳人君は、」
「僕は、理学部の生物学科です」
「へぇ、将来は、研究者かな」
「いや、まだわかりません。他にも興味があるので、まだ何になるかわかりません」
「でも、年明けには会社訪問解禁だろう」
「そうですね。でも、この時期の週末は、ここで皆さんの四方山話を聞くのが楽しくて。ところで、今日は撃てましたか」
「佳人君。撃てましたかって、良い聞き方だよね。獲れましたかって、聞かれちゃうと、獲れたか獲れなかったと答えなければならないけれど、撃てましたかって聞かれれば獲れていなくても撃てたって答えられるからね」
「そうですね。昔、爺ちゃんから、狩猟者に猟果を聞くなって教えられて、いつの間にか撃てましたかって聞くようにしていました」
「今日は、撃てたし、獲れたよ。山里さんのお陰だね」
「それは、おめでとうございます。キジですか、ヤマドリですか」
「今日は、山里さんと俺とで、ヤマドリ二羽だったよ」
「へぇ、そりゃ良かった。良い猟ができましたね」
「佳人君は、猟はやらないの」
「う~ん、どうでしょうね。昔から爺ちゃんについて山には行っていましたから、嫌いではないですが、仕事にするにはちょっとハードルが高すぎる気がします」
「そりゃ、山里さんのように仕事にするのは大変だろう。趣味ではどうなの」
「趣味ですかぁ。今は、狩猟よりも興味があるものがあるので、始めるとしても、ちょっと先ですかね」
「良い師匠が身近にいるんだから、やった方が良いよ」
「そうですね。考えてみます」
「天田さん、お風呂が沸いているから、食事の前にどうぞ」
「妙子さん、ありがとうございます。お言葉に甘えて、先にいただきます」
猟装を解き、薪で沸かしたお風呂に首までつかると、強張っていた全身の筋肉が弛緩していくのが分かる。人心地ついた頃には、囲炉裏の方から良い香りが漂ってきて、一気に空腹感が襲ってくる。
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