第1章 犬に育てられて 第7話
毎週のように、県内外の各地からやってくる狩猟者に、必ずと言って良いほどお土産を持たせてくれる英佳は狩猟ガイドとして超一流だろう。
初心者の狩猟者の場合は、ほとんどが失中を繰り返すことになる。しかし、英佳(ふさよし)に同行すると、必ず命中してお土産を背負うことができるというのは、天田に英佳を紹介した先輩から聞いた話だ。
一度、英佳にどうしたら初心者でも命中させられるのか聞いたことがある。
「山里さん、山里さんと同行すると初心者でも必ず命中させると聞いたことがあるんですが、何かコツでもあるんですか」
「あぁ、ちょっとしたコツがあるさ」
「どんなコツですか」
「初心者が発砲する時にあわせて俺が撃つんだよ」
「えっ、じゃ、初心者ではなく山里さんが撃っているんですか」
「内緒だよ。初心者に自信をつけさせるために、音を被せるように撃つのがコツさ」
「そんなことができるんですか」
「そうだね。撃っている本人は、自分の銃声と思っていて、俺が撃ったとは気づかないね」
「そんなことができるんですね。山里さんの銃声が聞こえないというのが信じられませんが。確かに、自分の銃声が大きければ聞こえないこともあるか」
「そうだね。天田さんも聞こえなかったんじゃなかったかな」
「えっ、それって、俺も同じように被せて撃ってもらったことがあるってことですか」
「さぁ、どうだったかね」
「え~、自分で撃った鳥だったと思いますよ」
「そうだね。天田さんは、射撃も良くやっていて、上手だから、そんなことはしてないかな」
「えぇ~、どっちなんですか」
「それは、天田さん自身が一番分かっていなければならないことだし、ベテランの天田さんにそんな失礼なことはしないさ」
「本当ですよね。失中した時も多いけれど、命中させたときは、絶対俺が当てたと思っています」
「そうだね。その自信が大事だね。その自信が次の鳥を獲らせてくれるし、犬を育てることに繋がるわけだ」
「そうですね。自信は大事ですね」
「さ、それじゃそろそろ車に戻ろうか」
「はい」
沢を下りはじめると、猟犬も帰路に入ったことがわかるのだろう。それまでの、狩り進む動きとは異なり、スイッチが切れたように英佳の脇をゆっくりと歩くようになった。
こういった集中力の切り替えができる犬を、天田は他に知らない。
英佳と犬とのつながりを見ていると、言葉もなく、英佳の動きに合わせる犬の姿ばかりが見て取れる。言葉での指示など不要なほどに密接に繋がった狩猟者と猟犬の姿は、今の天田にとっては、憧れでしかない。
いつかは、俺もこのような猟犬に出合えるだろうか。
また、このような猟犬を育てることができるだろうか。
「犬は、飼う人の心と技以上に育つことはない・・・・。」
良い猟犬を育てるためには、自分自身がそのための心と技を鍛えておくしかないのだ。
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