第1章 犬に育てられて 第6話
「さ、そろそろ動こうか」
英佳(ふさよし)は、食器を片付けながら消えかけた焚火の始末を始めた。その始末の仕方も合理的で、素早さが目立つ。
天田は、この動きを見て自分のスキルとするべく、一生懸命に覚えようとしている。先達が後輩に、こうやるんだと言葉ではなく、実践で教えている姿は、先導犬が後継犬を教えるのとなんら変わらない。そこにあるのは、まさに狩猟の伝承なのだ。
食事を終えて歩き始めると、猟犬のスイッチはオンとなり、午前中と同じくタフな捜索を続けてくれている。
早めの昼であったお陰で、午後は四本の沢を狩ることができた。
いずれの沢でもヤマドリとの出合いがあり、三本目の沢で天田がようやくヤマドリを撃ち落とすことができた。
左斜面の上部へと匂いを追う猟犬の姿を沢底から見ている。
明らかに、匂いをたどっている。稜線近くにある藪が怪しい。
そのまま、尾根を回りこんで隣の沢にヤマドリは這って逃げてしまうかも知れないと心配したが、その気持ちが犬にはわかっているかのように、藪を回りこみ、尾根側から沢に向かって狩り進みはじめた。
これなら隣の沢に回り込まれる心配はないと思った瞬間、藪の手前でポイントしている姿が見えた。
「出る」
という気持ちが犬にも伝わるのだろうか。
すかさず、間合いを詰めると、藪の中からゴトゴトという羽音が響きだす。
尾根側を犬に抑えられたヤマドリは、左岸側に逃げようと飛び立つと、自らの体重を重力の助けを借りて、一気に沢を下り始める。
「沢下りだ」
午前中の失中が頭をよぎる。引き止まったら、また失中だ。
照星とヤマドリが離れないように、スイングを意識しながら、ヤマドリの頭付近に狙いを定めて引き金を絞った。
ダーンという銃声とともに、銃口から発射された鉛の粒は、適度な広がりを保ちつつ、飛翔するヤマドリに襲い掛かった。
一瞬、膨らんだように見えたヤマドリは、沢下りの滑空姿勢を崩しながら、天田の脇を抜け、山里の足元へと落下していった。
「やった」
午前中の一羽の時とは、まったく異なる手応えが天田にはあった。
釣り糸を介して釣り上げた魚の手応えが釣り人に伝わることはあっても、空中を飛んでいるヤマドリに散弾が命中したところで、発射した狩猟者が命中の手応えを感じることはない。それでも、天田は命中した手応えを感じたのだ。
そんな手応えを堪能している横を抜けて、猟犬が回収に向かっている。
回収したヤマドリは、撃ち落とした天田ではなく、やはり飼い主である英佳のところへと運搬していく。猟犬と山里は、同じ狩りをする群れであり、そのリーダーが英佳なのだ。
「天田さん、やったなぁ」
「ありがとうございます」
「今年、二羽目かい」
「はい。解禁日以来です」
「そうかい。じゃ、両目が開いたね」
「そうですね。ダルマに目を入れないとなりませんね」
英佳は、猟犬からヤマドリを受け取ると、そのまま天田に手渡そうと歩み寄った。
天田は、ハンターベストのポケットからバードナイフを取り出すと、ナイフと反対側に収納されている腸抜きを準備してから、英佳からヤマドリを受け取った。
そこからは、先ほど英佳が小枝を折ってやったのと同じように、ヤマドリの腹側に息を吹きかけながら総排泄口を探し、腸抜きを差し込むと、二・三回ひねりながら一気に腸を引き抜いた。
その仕草をジッと足元で見ている犬に、「よくやったな」と声をかけながら、引き抜いた腸を与えた。犬は、口を二度動かすだけで、すべての腸を飲み込んだ。
すべての始末を終えると、再び新聞紙にヤマドリをくるみ、ハンターベストの背袋に収めた。背中から肩にかけて、午前中の一羽の重さに、さらに一羽の重さと温かさが加わり、狩猟の醍醐味がじわじわとそこから伝わってくるような感じだった。
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