第1章 犬に育てられて 第5話

 食事が済むまでの間、猟犬は英佳の背中側で丸くなって休んでいる。


 主人の動きに反応して、今は狩る時と休む時とを明確に理解しており、そのスイッチのオンとオフの切り替えの鮮やかさは、見ていて清々しい。


 どうやったら、このような優秀な犬を立て続けに手にすることができるのだろうか。都会での暮らしでは、運動量の多い猟犬を飼うことは難しい。


 天田は、過去に何度も猟犬を飼いたいと思ったものの実現しないでいた。飼育環境が作れないというのが最大の理由であったが、果たして自分が立派な猟犬に仕上げることができるのだろうかという疑問も大きかった。


「山里さんのところの犬は、どの子も優秀ですが、どんな訓練をしているんですか」


「訓練なんてしてないよ。親犬に付けて、一緒に山を引くことしかしてないね。元々、外人がお金と時間をかけて作った犬種だからね。本能でそうなるように作り上げられているから、日本犬のような当たり外れは少ないね」


「そうなんですか。回収とか運搬とかも訓練しないでも、できるようになるんですか」


「そうだね。ほとんど親犬がやることを見て覚えるね。それでも回収や運搬は、最初が肝心かな」


「最初ですか」


「最初に鳥を噛むと、自分のものにしたがるのさ。それを取り上げようとすると、執着心がでるから、次からは取られないようにと咥えたまま逃げまわるようになってしまう。だから、最初の一羽は犬にくれてやることにしている」


「へぇ」


「そうしておいて、犬を待たないで先に進むのさ。すると犬は、鳥を噛んでいたいけれど、俺が先に行ってしまうからどうしようかと迷う訳だ」


「なるほど」


「そうすると、鳥を咥えながら後を追いかける。ある程度歩いたら、足元に呼び寄せて、鳥を放したら、しっかり褒めてやるんだ」


「なるほど。そうすると、運べば褒められると覚える訳ですね」


「そうだね。それが訓練っていえば訓練かもしれないね。家じゃできないし、出した鳥を確実に落としてやらなければ、出来ないことだから、訓練というより、実践だね」


「そうかぁ。褒めて覚えさせるんですね」


「へたくそな鉄砲撃ちじゃ、なかなかそうはいかないから、そこが腕の見せどころかね」


「そこは、山里さんの腕ということですね」


「俺も良い犬に育てられたし、その結果良い犬を育てることが出来るようになったということかな」


「犬に育てられて・・・・」


「あぁ、鉄砲始めたころには、なかなか撃ち落とせなかったけれど、何度も何度も鳥を出してくれた犬のお陰だね」


「なるほど。その犬は、どなたかが訓練していたのですか」


「いや、雑種で拾ってきた犬さ。それが、一宿一飯の恩義を感じたのか、教えもしなかったのに、良く鳥を出したわけさ。今のポインターみたいにポイントなどせずに、鳥がいれば直ぐに飛び込んでいく犬だったけど、良く働いたね。犬の恩返しかね」


「へぇ、そんな犬もいるんですね」


「元々野生では狩りをする生き物なんだから、本能でもっているものなんだろうな。たまたまそれを上手く利用させてもらったわけだ。それを引き出せるかどうかは、多くの場合、鉄砲撃ちの腕次第だね」


「なるほど。そう考えると、猟犬は飼い主の能力以上には育たないことになりますね」


「飼い主は、鉄砲の腕前も必要だけれど、犬と一緒の群れの頭でなけりゃ上手くいかないね。ポインターを飼うようになってからは、特にそう思っているよ。こちらが油断すると、すぐに勝手気ままに猟をしはじめるからね。言うことをきかせるためには、こちらがボスだって思いこませないとダメだね」


「そうですか。奥が深いですね。私では、到底犬は仕上がらないな」


「そんなことはないよ。可愛がって家族の一員として認めてやれば、あとは本能が

なんとかしてくれるさ。要は、山にどれだけ連れ出せるかだね」


 食事中の犬談義は、時の過ぎるのも忘れさせるほど、魅力的な内容であふれていた。


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